二百二十六生目 薬指
さすがにドキドキしてきた。
目の前の人狼衛兵の瞳が見抜こうと輝いている気がする。
「まず率直に言いますと、これまでで一切怪しい点はありませんのでご安心ください」
低いまさにハスキーボイスでそう話す。
ひと安心して息をはこう……として思いとどまる。
違う、今のはブラフだ。
確かに実際に何も怪しい点は無かったのだろう。
そのように努力したのだから。
だが衛兵の目の鋭さは隠してはいるがまるで収まっていない。
獲物がひと息つく瞬間を狙って喰らい尽くすそれによく似ている。
ため息を飲み込んだ。
彼らは彼らで『見つける』事のプロなのだ。
浅はかな嘘は見抜かれる。
つくなら真実かはたまた堂々とした嘘のみだ。
向こうが真実すら罠に使って相手の嘘を見抜こうとするのならこちらも気合を入れて挑むしかない。
おそらくは根拠はともかく衛兵としての直感で怪しまれているのだろうから。
「まずは簡単なことから……そうだ、その指輪素敵ですね。今日は奥さんはどうなされました?」
うん?
カムラさん、受信機リングを指輪にしていたのは知っていたけど薬指だったっけ?
いや違う指だったはずだ。
この国でも薬指に指輪が結婚指輪なのかどうかはわからないが自然に変えていたということはそういうことだろう。
細やかな所にしっかりと配慮しているのはカムラさんらしい。
「ええ、地元に残してきた妻と今でもしっかり繋がっている気分ですよ。妻はこの子の姉と共にいて、我々は出稼ぎ組ということですね」
ここでいきなり私も知らない新設定がぶち込まれた!?
真顔で堂々と嘘をついた!
それに対してどう衛兵が受け取ったかわからない。
"読心"しても巧妙に本心を隠していることしかわからない。
「ええ、やっぱり街のほうが稼ぎが良いので! それに私が都会に来てみたかったのもあるんです。そこで冒険者になったりするのも、憧れでした!」
何とか私も発言していく。
嘘はあるが最初から設定として織り込んだ嘘だ。
無理をしない範囲でカムラさんを援護射撃する。
「なるほど、たしかにそういう人は多いですね。ここまでは徒歩で来られたようですが、ずっと歩きで?」
「いえ、途中までは基本的にはカル車で。ただたまには歩いても移動しまして、この近くからは娘が歩きで行きたいとのことで徒歩で来ました」
当然のような顔をして話が振られた!
言葉のボクシングにいきなり挟まれたよ!
さらにカル車ってあの馬車の事か!
危ない、不意打ちで馬車なんて言っていたら怪しまれる度合いが急上昇していたかもしれない。
ええと振られた話の中身はと。
「この地の道を踏みしめたくて」
とても雑な答えになってしまった。
人狼衛兵の表情からはどう思われたかわからない。
「あの街道ですね。確かにあそこまで丁寧に敷き詰められたものはなかなか他では見ないでしょうね。馬車での走り心地も快適らしいので、今度試してみてくださいね」
せ、セーフ、なのか?
さらに雑談のような内容から徐々に書類に記した中身へ話が移っていく。
途中からどんどんとついていけなくなりカムラさんと人狼衛兵が言葉で壮絶な殴り合いをしていることだけがわかった。
ただし表面上はどちらも笑顔でだが。
おそらくは数分程度の出来事だったのだろうが何時間にも及ぶ戦いに感じられた。
そして。
「最後なのですが、これは個人的な質問になります」
絶対嘘だ。
この分野では素人ですが、とか専門外のものなのですが、と頭につく質問クラスでの嘘だ。
"読心"が効かなくても分かる。
「この街を選んだ理由を聞かせてください。確かにこの街は大きいですが稼ぎに出るならもっと大きな街もありますし、ここはやや中心地から外れた位置です。わざわざお越しいただいたのはありがたいのですが、宜しかったら聞かせてもらえますか?」
うーわ全然知らない。
今までついてきた嘘の虚弱性を突かれた形だ。
どうしようなんて言おう。
カムラさんは……すごい、落ち着き払っている。
荒野の迷宮からは都市としては近いココを選んだだけだがそんなことは言えないのに。
カムラさんもカードを隠しているのか。
「……実は、私は別の大都市出身でしてね。その頃は目が見えていたのですが、ある日病で失明してしまいました。それで仕事を放り出して田舎へ逃げ……まあその先で妻と出会ったので意味があったと今では思っていますが。
それでまた大都会に行くのも少し疲れますし、それならむしろこれから発展させようという意気込みのある所へ向かおうと思いまして。
私の知る限りではこの都市は今発展へ力を注いでいるそうでしたので。一旗揚げて家族を安泰させるにしても、そういう所の方が向いていますので、ここを選ばせてもらいました」
細やかな息遣いの配慮で最後まで過去にあった何かを言葉の重みにして言い切った。
なお設定である程度組んでいたとはいえ真っ赤な嘘である。
ここまで堂々と嘘をついて変に顔に出ないとは。
「ふーむ」
ただ衛兵は唸っている。
この都市に関する情報は恐らく正確なのだろう。
カムラさんがひとりでユウレンを待っている間にも聞いていた噂だったのだろうか。
「よし、以上で終わりになります。ようこそ我らが都市クーランへ」