二百二十ニ生目 巨蛾
「そうれ!」
私は"進化"してホリハリーになる。
溢れ出る魔力の興奮を押さえ込みしまってあった剣を取り出す。
カムラさんも斧を取り出して構えた。
もちろん何度も訓練はしたが武器での実戦はこれが初めてだ。
相手に敵意があるのなら問題はないだろう。
[ヨナグンニルLv.22 異常化攻撃:混乱]
[ヨナグンニル 夜にのみ飛ぶ巨大蝶の1種。メスにのみ口があり凶暴で巨大。オスはトランスしたさいにある脂肪だけで僅かな時期メスを求めて飛ぶ]
"観察"した説明文がなんとなく種族の性別による定められた差を感じる……
こいつらはメスということかな。
鞘から引き抜けばショートソードが月光を跳ね返してきらめく。
カムラさんも片手斧を構える。
「相変わらず不安になるほどに軽いですね」
「うん、武器が『合わせて』くれるからね」
この武器たちは実際の重量とは違ってバランスが良くとても軽く感じる。
武器たちが持ち主に負担をかけないようにしてくれているのだ。
本来なら銘品を常におはようからおやすみまで身に着けていないと馴染まないような域にまで既に達している。
これが土の加護と土製品の組み合わせによる力だ。
とりあえず……
後は任せた!
(オッケー! 『交代』だ!)
というわけで戦いだ!
ツバイには引っ込んでもらって"私"が剣を構える。
精霊たちに回復魔法を待機させておきいつでも治せるようにする。
今回は魔法ではなく武器で勝ち抜く!
相手は敵意をむき出しにしているが大して強くない。
問題はないだろう。
ぐっと屈んでから跳ぶように駆ける。
足運びの技法もへったくれもない直進。
蛾も見てからひらりと避けて。
「ギイ!?」
翅が裂けた。
避けたのに避けきれなかった正体を蛾は見極めようとして驚いたことだろう。
いつの間にか剣の構えが突きから横切りになっている。
"私"が意図的にやったのではない。
というよりそんな高度な事できない。
やったのは剣だ。
近距離で小ぶりに剣を振るえば1撃ごとに面白いように蛾の身体を切り刻む。
相手は確かに避けているのに、だ。
6撃目でたまらず大きく後退する。
当然周りは黙っていない。
"私"の背後からもう2匹が襲おうとして……
「こちらもいますよ?」
重い斧の斬撃が彼らを大きく切り裂いてノックバックさせた。
武器たちは持ち主には軽く扱いやすく身体の一部のように寄り添ってくれるが相手には容赦がない。
重く鋭く複雑に襲いかかって切り裂く。
「よいしょっと」
そしていつの間に回り込んでいたのかドラーグが蛾の影から腕を伸ばして一部を掴んだ。
急の事に対応しきれずに大きく体勢が崩れる。
「ナイス!」
そこを"私"が踏み込んで思いっきり振り上げる!
普段込めるエネルギーからさらに魔力を足して力を開放する!
黄色の光を纏って――
振り下ろす!!
ゴドォン!!
剣で切り裂いたと思えない重々しい音と共に蛾が大きく吹き飛んで倒れた。
"峰打ち"は付属しておいたから死んではないだろう。
今のは土の魔力で切り裂いた。
大岩で叩きつけたような威力になったはずだ。
剣のまとうオーラはすぐに引っ込む。
これが今の剣の真の力。
ただ蛾が吹っ飛ぶほどで思ったよりも火力としては過剰気味かもしれない。
他2体の蛾がギョッとして吹き飛んだ仲間をみる。
その間にもドラーグは影から影へ移った。
そのまま飛び出して乗りかかり殴る!
あっちは任せて大丈夫そうだ。
カムラさんは蛾とジリジリ張り詰めた空気で互いに構えている。
蛾が先に動き羽ばたきと共に複数の斬撃が飛んできた。
それをカムラさんは冷静に斧の鎚部分で打ち据えて払う。
的確に撃退された斬撃エネルギーは行き場を無くしてむなしく爆発して煙を上げる。
その煙を突っ切ってカムラさんが振り抜いた。
鎚部分が横薙に当てられて蛾がノックバックする。
そこを"私"が背後から――
「むっ!?」
背中を大きく広げ目に見える模様から謎の光が発せられた。
翅の輪郭がぶれるかのような怪光線。
さっき"観察"した時にあった混乱技か!
"私"の目に瞬膜のように何かが覆った。
"私"は何もしていない。
これは……"影の瞼"!
物理的ではなく半透明な暗い瞼が瞬膜のように自動で塞いだ。
問題なく見えているが怪光線の効果は喰らわない。
どうやら防ぎきったらしい。
さらにカムラさんも平然としている。
「ふむ、もしや惑わせる類の技ですかな? 残念ながら、不死者には通りません、よ!」
そう言いつつカムラさんが斧を振るう。
合わせて"私"も振るう!
刃が双方から迫り蛾は渾身の一撃が効かずに逆に混乱。
そのまま2つの影が斬り裂き血が吹き出た!