百四十一生目 麦酒
ビール祭りをナメていたのかもしれない。
いやつけあがってはいなかった。
しかし見誤りはした。
「街が……アルコールに溺れている! こんなにお酒だらけだなんて」
私は歩いて1時間。
既に両手はビールとおつまみで埋まっていた。
このときだけは法律がかなり特例になるらしく食べ歩きも外飲みも『推奨』されるそうだ。
もはや町中はずっと声の雑音が鳴り響き場所によってはすれ違うのも大変な満員具合。
空気中にはアルコールのかおりが常にただよい。
酔っていないニンゲンは呑んでないニンゲン含め誰もいない。
もうそういう1つの世界だ。
酒神の神域ともいえる。
というかもう節々から淡い神力を感じるし。
漏れ聞く話のとおりならば、おそらく元々は1月かけて神に祈る盛大な儀式だったのだろう。
これほど巨大な祈りのうねりならば神力は膨大。
来年の無事開催を願うくらい叶える神はいくらでもいそうだ。
特定の神に総取りされるような厳格な雰囲気でないのも功をせいしている。
これならダレが得ても問題ないため各々各自問題にあたれるわけだ。
神々にとってもここは理想の地ということか……
少しだけ酒神が強いだろうが豊穣神や狩神もしっかり強く出ている。
結果的に大きくわかたれあらゆるところにめぐみが出る仕組みだ。
最初に考えた者は偶然かそれとも……
「おや、まだ呑まないので?」
エリック先生が既に何杯目かに口をつけている。
まさしくこなれた様子だ。
「なんというか、勢いに飲まれたままどうすればいいかわからなくなっちゃって。最初の一杯はちゃんと味わいたいと思ってはいるのですが、足を止めるのもなかなか難しくて……」
実は先生たち既にバラバラである。
エリック先生もさっきたまだあっただけだ。
私もひと息つこうとしたらなんか一瞬で買わされてこうなっている。
「ははは、この街に今落ち着いて飲める場所なんてありませんよ?」
「そうですよね……」
「でも、地元民ならではのオススメの場所ならありますよ? 参りましょうか」
エリック先生は颯爽とこの人混みをあるいていく。
すごいな……ローブが絡まなきゃ本当にまともだ!
私は苦戦しながらもついていく。
そして……私たちは居酒屋の席に座っていた。
「いいの!?」
「なあに! 今この街でそんな細けえこと気にするやつはいねえよ! ま、座った以上つまみは買ってもらうがな!」
「それはもちろん。今日の酒飲みおすすめで」
「あいよー!」
街中ではまともに止まることも難しかったのに部屋に入れば驚くほどのローペース。
そりゃあ考えればそうだ。
全員が1月ぶっつづけてはしゃげるはずもない。
ただ普段はテンション高くある場所が今では最も冷静になれる場所というのはなんとも面白い話だった。
「では!」
「「かんぱーい」」
私とエリック先生で杯を鳴らす。
さてよく冷えたこのビールをいただこう。
たっぷりと注がれたビールをゆっくり口へ運ぶ。
私の口の弱点としてやや水が飲みづらいんだよね。
4足状態だともっと口が開くのでよりこぼれやすいが。
くっと丁寧に飲んでいく。
においはクリアな苦味。
それから味が……なるほど。
ふむふむ……喉越しと……
「ぷはーっ、お、おいしい! すごい、スッキリしていますね。これは何杯も飲めるような味わい! クリーミーなのに後味がすごくすっきりしているんですね」
「ええ、同胞共和国の法律でビールと名乗るには混ぜもの無しでしか作れないんです。それで洗礼された技術は、他国より遥かに上を言っているんです」
エリック先生も1杯飲む。
なるほどビールが誇りの国か。
その有り様は面白いなあ。
「ほらよ! ソーセージ、オバツダ、あとはフラムクーヘンだ! どうぞ!」
運ばれてきた食事は太くてプリプリとした熱々のソーセージ。
オバツダというのはチーズみたいに見えた。
中身は……おおっ。野菜とバターのチーズベース!
フラムクーヘンは見た感じはピザだ。
うすーくペラペラにされている。
焼いたチーズが香ばしくておいしい。
「もうすごく美味しいですねぇ……こんなにいいとは」
「ええ、この国といえばこれですからね」
「美味しい……のはいいとして、この街は1月もこれで色々と大丈夫なんですか?」
「まあ、こう見えて街のすべてが酔いどれの世界ではないんですよ。確かに1月分と長いですが、持ち回りで交代しつつ仕事を回しますし、この間警備や医療は強化されます。やはりトラブルも増しますので……」
「はぁー、やっぱり長年やっているだけで、色々決まっているんですね」
「まああとは、飲み飽きないためですね。二日酔いをしにくい同胞共和国のビールで起こして、嫌になるのは悲劇ですから」
そういうニンゲンたちはこの1月は損な役回りらしい。