百三十生目 殺気
学院長。
それは正面に来て初めてわかるが蓄えている魔力の層が違う。
隣のエリック先生が100なら学院長は1000はある。
一般人が1で子どもの学生たちが10くらいだ。
私はわからん。
よく大小ではかりづらいと言われます。
実際エリックが100だからといって学院長に全て劣っているかといえばまったくそんなことないだろう。
レベルやら魔力の圧やらの以前に使い方というものがある。
ここ魔法学校は特にそれを学ぶ場だ。
「はじめまして、ローズオーラ殿。私が学院長のエミーリア、エミーリア・ローテスオーグ。好きに呼んでくれてかまわない。みんなは、学院長と呼ぶことのほうが多いがね」
エミーリア学院長は妖艶に微笑む。
魔女という言葉がよく合いそうだ。
ぬれがらす色の長い黒髪に赤い瞳。
全体的にこれぞ見惚れる美しさというやつだろう。
におい的に……なんだろうか。
意外と若い。もっと魔法的に若くしているタイプかと。
「ええ、学院長。随分お若いんですね……?」
「おや、やはり私の若さが気になるか? 何、単純な話でな、先代から引き継いでそんなにたっていないのだよ。私はこう見えて優秀でね、教える側に回ってくれと頼まれ、今ここにいる。ヒルデガルド先生は教師としてここで最年長だが、教頭以上のポジションにつくのを嫌がっている。本人いわく、不向きらしくてね……それで若輩ながら私が担当しているのだよ」
「なるほど……確かにそういう上に立つものの風格はありますよね。感じる魔力もすごいですし」
「ははは、よく言われる」
なるほどね……新任学院長なんだ。
それにこういうポジションの大変さもよくわかる。
やりたがるニンゲンは希少だ。
そして話をしていたら遠くから鐘の音が鳴り響く。
あ〜学校ぽい。
「あ、僕は授業の準備してきますから、先に失礼しますね!」
「すまないね」
エリックが足早に立ち去っていく。
先生という職もなかなか忙しそうだ……
「さて、雑談もいいがそろそろ踏み入った話をしよう。直接キミに面と向かって話すのは初めてだが、キミからは異様に圧を感じず、むしろ慣れ親しんだ感覚すらある。そういった能力か魔法かな?」
「あ、一部はそうだし補助はありますが、メインは違います。自分を弱く見せるという技術です。狩りをする時に便利ですよ」
「それは興味深い! が、それはぜひ、論文にまとめたり、教室で話してくれ。狩りのための技術というのは、冒険者ならではの視点だと思う」
実は冒険者関係ないところの技術だこれどね。
私の生まれが野生だからだけどね。
「それよりもだ。その力、解き放てばどれほどのものだ? そのほうが興味がある。私は見ての通りフィールドワークからはなかなか遠くてね、生々しい強者の魔力というものを、久しく浴びていないんだ」
「え、何か怖い言い回しなんですが……」
「いいかい? 多分現場に多く出るものはそんなにわかっていないが、後ろで研究や教育をしていると、やはり現場のヒリツイた感覚は味わえないんだ。そのものたち特有の魔力は、まるでこっちと質が違う。得られる経験が違えば、生まれる発想も変わる。心が動けば、未知が見つかる。さあ、見せてくれ!」
「近い、近いです!」
鼻息荒く迫られてしまった。
こわいんですけど!?
すでに変な挙動するのがふたりだしここ学院。
まさかこんなやつばかりではないよね……?
ヒルデガルドさんはふつうか。
そうだよね?
「ええっと、や、やるので落ち着いてもらって……」
「おっと失礼! それでは、やってもらおう!」
普段私は全力の気配を抑えている。
でないと剥き出しの圧力に周囲を怯えさせてしまうからだ。
それを現場特有の質といえばそうなんだろう。
「一瞬なら大丈夫かな……」
私は集中し普段無意識でやっていることを解除する。
気配をそらし気配を弱め気配をなじませて。
力の圧を……解放する。
私の気配……殺気をごろうじろう。
私は目を閉じる。
暗闇の世界。
静寂の中に音がなだれ込む。
ギュッとまるで何かが縮むかのような音。
現実世界ではほとんど変化はなくて。
ただ額の第三の瞳だけを開いた。
「──────!」
「あっ」
「ギャン!?」
「──終わりでーす」
全部の目を普通に開く。
今なんか学校揺れなかった?
心なしか周囲の空気がピンと張り詰めた気がする。
目の前のエミーリア学院長はどこか遠くを見つめて……
そしてしばらくしたら戻ってきた。
息を忘れていたらしく荒々しく息づく。
「……最高だ。ってああっ!? ショッツ!?」
「……あっ」
「きゅうぅ……」
顔を赤らめたエミーリア学院長。
しかし私達は先程の悲鳴の先を気づく。
光るモフモフ……ショッツと喚ばれたそれが気絶してひっくり返っていた。