百二十六生目 学院
ビール祭り。
それのせいで宿が取れないことが発覚した。
よくはわからないが他所からたくさんニンゲンがくる程度に大きな祭りらしい。
「あんた、そんな流暢な共和国語を使っておいて、ビール祭りも知らないだなんて奇特だねえ!?」
「こう見えて、国外から来たばかりだもんで」
「ビール祭りを知らないってことは、ビール祭りを初めて知れる喜びがあるってことさ! いいねえ、羨ましいねえ! だははは!」
「おお、冒険ですね」
私は新しいことも好きだ。
それは私の主観での新しいこと。
お祭りみたいなことも当然好きだ。
「そ、ビール祭りは半月続く大冒険!」
「半月!?」
「その間街の全てがビール祭り仕様になる。各々のお祭り用の品を出すし、個人の家も飾っちまう。そして大事なのはその間……ビールをバカみたいに作って売って飲んで良い」
「ビールですか……」
「普段酒は特定の場所や屋内でしか飲んじゃあいけない。けれど、期間中は街のあらゆる広場が特定の場所になる! ビールを誰よりも飲む、最高の味わいのビールをね!」
「実はあんまりビール自体を飲んだことないんですよ」
ちなみにこれは皇国自体の特性でもある。
ビールとはレア品であり米酒だの白酒だのがメインだ。
ソレは気候と育てるものの差によって生まれる差異だ。
「おやまあ! 同胞共和国のビールは?」
「あー、ないですね」
「おやおやまあまあ! それは人生全部損してるね!?」
「まさかの全損」
「冗談はともかく! ビール祭りで味わえば、人生2週分くらい確保できるはずさ!! まあ、アンタはその前に泊まる宿を探さなきゃいけないんだっけ? まあアンタみたいなのはこの時期わんさかいるさ」
「彼らはどうしてます?」
「宿屋が言うことじゃないけれど、まずは自らのツテを。友人知人、冒険者なら冒険者組合。それもだめそうなら、それこそ役所に行くね。まあ、時間はかかるだろうけれど、最終的に全員はけなきゃ向こうが困るからねぇ!」
笑っている女将さんだが理屈はわかる。
酒を片手に宿にもかえれずあぶれた人々によって困るのはこの街の管理者たちだ。
治安も不安定になる。
だから最終的には街がなんとかするしかないんだけれど……
その場合ロクな待遇がなさそうだな。
女将さんにお礼をしてから冒険者ギルドに向かう。
冒険者ギルドではやはりみんな浮き足立つ雰囲気が見て取れた。
普段は物々しさが多く武装もよく見かけるのだが……
今日はどちらもない。
なんだか少しおかしくって笑顔で受付してもらう。
そこでの処理はいつも通り。
気づいたらギルドの奥で座り依頼を選んでいた。
「じゃあこの依頼はアノニマルースに……ってちがう!」
「おや、どうなさったかな?」
「実は、宿がとれていなくて……」
「おお、それはそれは……」
目の前の男性は細身の紳士というイメージのギルド長。
この忙しい時期に直接の対応をしてくれた。
「それで、宿をここで取れるかもと聞きまして」
「ああ、一般の冒険者の方には案内しておりますね」
「一般の?」
「ええ、我々としても貴方のようなお方を、言ってしまえば数打ちのような宿に招待するわけには……立場上、ご理解いただくと」
「ときには邪魔になりますよね、立場も……」
「もちろん、ただで帰してしまっては名折れもはなはだしいので、出来得る限りのバックアップはさせてもらいます。我々冒険者以外に、ツテがあるとよいのですが」
「ツテか……あ、そういえば……」
私は手紙を取り出す。
魔法学校からの品だ。
これは一応ツテと言えなくもない。
「元々ここに来たのは魔法学校からの招待でして」
「これは……グラッシュ魔術学院の! ほほう、これはこれは。立派なツテをお持ちじゃないですか」
「お、いいツテになりそうですか?」
「もちろん。ただ、これは我々がどうこうと出来るものでもありません。けして冒険者組合が劣っているわけではなく、かの学院は巨大な独立組織だからです。直接行き、尋ねるのが1番ですとも。ただそうですね、我々の方から事前に連絡は入れておきましょう。個人の身で長期移動は読めないことが多くあるため、到着が確実になった今、改めて連絡したほうが向こうも助かりますし、なにより貴方の話がスムーズに通ります」
「おお、気遣いの達人ですね……!」
「もちろんです、ローズオーラ」
うやうやしくお辞儀された。
宿問題が片付きそうだ……
私は早速ということで魔法学校方面へ歩く。
ダッシュならともかく歩いて行けば直通便よりずっとかかるらしい。
手紙というより電報のような魔法らしいが。
街から少し外れた森と湖畔の中に唯一の巨大な建物。
それがグラッシュ魔術学院だそうだ。