百二十一生目 布教
雪玉になった雪崩の神。
弱体化したとしてもスージーを奇襲するくらいの力は残っていた。
「お前のような眼をしたものは、生かしておいてロクなことにはならぬ! 忌み神か! 永久凍土の底に沈め!!」
スージーを大量の雪が襲い足元の雪もスージーを引き込む。
あっというまにスージーは雪の底へと埋まり込み白い塊だけがそこにのこる。
雪玉、最後の力を振り絞った渾身の封印だった。
「ハァ、ハァ、やってやったぞ……ああいう手合は力を発揮する前に潰せれば勝てる……!」
「だから」
「!?」
一声と共に雪が吹き飛ぶ!
白く煙るなか美しく映える黒。
氷雪が光を乱反射してその影を美しく彩っていた。
「お前ではなく、スージーです」
「ばか……な……!? お前が忌神だというのを考慮した特別なブレンドの封印氷雪だぞ、効いていないだと!?」
「単純に出力不足なので。お姉様たちなら、少しは食らってあげるとか、相手にそれらしい華を持たせるとかするのですが……まあ、私の担当は、そんなに甘くはないので」
メガネすら傷ついていないという点でもはや雪崩の神からしたら隔絶した違いが有るということ。
文学少女なんてものではないということを最初の段階で見抜けていたら違ったかもしれない。
しかし……どちらにせよ運命は変わらなかった。
「私は誰かを裁けるようなただしさを持ち合わせておりません。誰かを守るような慈しみの心もありません。そもそも、現実の善いこと惡いことなど、どうだっていいので」
「く、くるってるのか……!?」
雪崩の神にとって自分が成り上がれるはずなのにどこまでも不遇な立ち位置だといつも現実を嘆いていた。
彼には現実しか無いしだから現実はどれだけ破壊してもいいと考えている。
だからこそ……その現実全てに興味がないとしたその眼に恐怖したのだろう。
「私の仕事はありていに言えば1つ」
雪玉はカタカタと震えた。
「クソッッッタレな現実をぶち壊す!! ……おや、おほほ、失礼。少し気合が入りすぎてしまったようです」
「ぎゃああああああぁぁ!?」
高い能力の求められる地獄の門番という係の中唯一無二の与えられた職の名は『戦闘係』。
あまりに豹変したような叫びに雪玉は砕けた。
生きてはいるがさらに小さくなってしまった。
しかも景色も一変する。
雪山から闇に包まれし暗黒の土地に。
おぞましい死と血が充満したおよそまともな精神に思えない場。
「な、我々の領域が!? いやむしろ……我々が勘違いしていたのか、ここは我々の場だと……!?」
「私の好きな作品はご存知ですか? 今読めば拙く、突拍子もなく、挿絵もガタガタで、お世辞にも人類最高の出来とは言えないのですが……」
「く、くるな!」
ひたり。ひたり。
いままでまるで動きもしなかったスージーが歩む。
「私が創作にハマるきっかけの作品。それは、運命のふたりが恋をして、世界が滅んで、たった二人だけになった世界で、二人で死ぬ。そんな、素敵な作品なのですよ」
私がその場にいたら「怖すぎる!!」って叫んでいただろう。
「現実でその夢を叶えたいと、夢見ることくらい許されていいじゃないですか、ねえ?」
「い、忌神……っ!!」
「あなたも、現実だなんてところにこだわるから、ちょっと月に収監したほうがいいかも、なんて話が持ち上がるのですよ」
「つ、月に!? お前、月の使者か!? い、嫌だ! あんなところにいったら、終わっちまう!!」
「ちょっと100年軽く入れば、すぐ出れますよ……現実の時だなんて、創作を読めばすぐですわ。私、もっとフキョウカツドウというのをもっとしてみたいのですよ」
スージーの……ケルベロスの背の翼が広がっていく。
見るからにどんどんと大きく。
そして翼というよりもまるで…、巨大な化物が掌を広げているかのように。
「あ、ががが、がが」
「お姉様たちは仕事熱心なのでお優しいのですが、私はそうではないので……ちょっと、覚悟してくださいね。ええ、ぜひ創作の良さが解りやすくなるように」
翼がそのこぼれ雪神に向けて閉じられる。
それは化物の顎が閉じるかのように。
内側の獲物が助かる確率は……ない。
「現実がどうしようもないってわかってくれるように、フキョウカツドウしてあげますね」
──という一部始終をキルルから……というよりおしゃべり蛇尾のにょろろとくねねから聞いた。
あまりに怖くって普通に体調を崩した。
き、キルルさんと同じケルベロスなんですよね……!?
「よいっしょぉ〜〜!」
私は掛け声と共に大地を1度戻す。
コレで最後だ。
集中力はとっくに切れてるし祈りは歓喜に変わっている。
無理も無茶もできないのでゆっくり元の状態に戻していた。