百二十生目 氷目
転がる雪玉は首都を再度襲うにはを考える。
大神だから時間をかければ元の能力を取り戻すのは簡単だ。
そこから今回の反省を活かしてどうするか。
「アイツめ……蒼の神め……アイツさえいなかったら……! そう、アイツがいないときならば、ガフフフ……!!」
雪玉は転がれば転がるほどその体を大きくしていく。
まだ街を呑み込むなどはるか先だが……いずれは。
私がいなくなったらどうなるかは明白だった。
「まったく、キルルが忙しくて来れないから、代わりに私が呼ばれましたけれど、来て正解でしたわね」
凛と雪の中に声が響く。
「だ、誰だ!? なんだ、アイツではないのか……おい、どこぞの馬の骨かしらんが、今我々は不機嫌だ。放っておいてもらおうか」
「……」
「おい!? いきなり現れたところでなんなんだお前!?」
「…………」
ケルベロス。
それは3つ首の怪獣。
地獄の番犬でありそれはこの世界でも似た役割である。
月という神の牢獄。
その場で彼らを収監するもの。
それがケルベロス。
彼女らはとある理由で首ごとにわかれて生活している。
思考もそれぞれに。
けれど1つの命として成立している。
獣の神として生命の常識でははかれない何かがそこにあった。
そんな彼女は頭のうちがひとり。
「スージーです」
「は?」
「スージーです、名前。お前じゃありませんのよ」
それは私が連絡して来てもらうように言ったケルベロス『キルル』ではなかった。
ケルベロス姉妹が三女スージー。
たれ耳でたてがみは若干天然パーマが入り。
空に浮かべた本からずっと目線を外さずにスージーは応対していた。
場にはハラリとページがめくられる音だけ響く。
獣の見た目をしていなければ文学少女そのものだ。
なんと丸眼鏡までしている。
「スージーとやら、お前も神なのはわかるが、こんなところにいきなり現れ不躾だな。我々に力を貸す気がないなら、早々に去れ。今なら雪の下に埋めないでおいてやる」
「まったく、一方的に拒絶なり要求なり突きつけてくるとは、浅学が言葉から滲み出ていますわね。今私が何をしているのか見えないのですか?」
「勝手に我々の神域へ踏み込んできて何を偉そうに……! 腹が立つなお前。何をしているか、だぁ? 知らんなあ、だがニンゲンたちが似たものを持っているのは知っている。雪に濡れれば壊れる、そんな弱い存在だ」
「そうです、『尊き者と卑しい者と』という、身分差恋愛における価値観の違いや社会の取り巻く諸々による嘆きや苦しみ、哀しみの先に人は何を見るのかという、絶賛されている恋愛本です。本というのは古来から、主観上の事実を書くことを念頭に置かれていましたが、ここ100年の間に一気に広がった創作というジャンルの本です」
「お前我々の話聞いてないだろ」
雪玉は転がり不機嫌そうに音を鳴らす。
雪が声になるという不思議さだが雪転がりの神という時点でもはやそこらへんに神秘はない。
一方スージーは相変わらず本にばかり目が行っている。
「今ですね、ちょうど佳境なのですよ。主人公の王子は真夜中、秘密の湖までこっそり駆けて行き、そこには同じくこっそり抜け出した貧民の女性。嗚呼、王子が告げる。『今日が、会える最後だ』と。貧民は告ぐ、『私の家族の命が危ないのですね』と。王子は彼女のあまりの聡さに目を見張り、同時に嘆き悲しみ目を瞑る。『あゝ! キミよ! なぜキミはキミなのだ! 家名をもたず、ただ卑しさに身を費やすことを運命付けられているとは! キミが隣国の姫君ならば、私は何をしてもキミを迎え入れるというのに! 今、キミに会うことでキミの命を脅かすなどとは!』貧民は目に真珠をたたえる。しかし、その真珠は決してこぼれはしない。貧民が真珠を手に取ることが生涯においてないように『あゝ、応じが名を捨てることは許されない。そんなことがあれば、私の家族と私をみなごろしにして、連れ戻すことでしょう。私のために、王子はこの出会いを無かったことにしようとしている。私達はただ、名を呼び合うことすら許されない!』湖の精霊は二人の悲劇を嘆き、夜のなかで葉は垂れ、全ては二人のために舞を捧げる……」
「帰ってこい、おーい帰って来い!! 何の話をしている! そんな嘘の話をして何をしている!」
「あら、ここからがとても良いところですのに。それに創作は単なる嘘ではありませんわ。お排泄物な現実を塗り替える概念ですの」
文学少女スージーはため息をついてから本を閉じる。
その目を見た雪玉は……
ひどく狼狽えたという。
「なっ……なんだ、その氷のような目は」
「雪が氷を恐れるのですか? いえ、氷は雪も含めるから恐れるのかしら?」
「ぬ、ぬおおおっ!!」
雪玉はスージーを奇襲した!