三十五A生目 祝祭
アノニマルースの事を語るとミルーカはふとさみしげな顔をした。
「そこまで変わった街ならば、1度見てみたかったな……軟禁される身ゆえに、それは叶わないが」
「あ、それなら今から少し行ってみます? 監視の目が届けば良いんですよね?」
「そんな気軽に言うが、危険な海を渡るのはさすがに冒険者でなければ……」
なんかかんや言っている間に空魔法"ゲートポータル"で地点Aをここにして同じく"ファストトラベル"でアノニマルースに。
同じく"ゲートポータル"で向こうに地点Bをつくりゲート開通。
むこうとこちらが通じる空間穴が一瞬で出来上がった。
「はい、出来たよ」
「なっ……!? どういう、いや、もうやめよう。ぼくの常識では推し量れないことだけはわかった」
わかってもらえたようでなによりです。
ミルーカは立ち上がり穴をおっかなびっくり触っている。
まぁもちろん穴なので貫通している。
ミルーカがゆっくり足を踏み入れればそこはアノニマルースの広場だ。
「こ、ここが……?」
「ようこそアノニマルースへ。再起をはかるなら、ここより良いところは知らないよ」
アノニマルースは今日も平穏だ。
私がこうして魔法を使ってももはや誰も何もいいやしない。
たくさんの魔物たちが行き交い店や仕事をこなしたり。
魔物の子どもたちが遊んでいるのも遠巻きに見える。
ここに来ると帰ってきた! って感じだ。
「はは……これは……まるで別世界だ! ぼくの知る世界のなんて小さなことか! ここではきっと、ぼくのことを知っているものなど、ひとりもいないんだろうな……」
「やっぱり向こうではそれなりの苦労を?」
「ああ。自業自得……ともいえるが、ぼくが賊として隠れ蓑にいたことに、どうこういうものはほとんどいない。問題は、ぼくが王の暗殺未遂をしたと信じられていること。ぼく自身はまだいい、だが、処刑された親族たち、処分がくだされたメイドや執事たちすら悪く言われ、それが常識になってきている。ぼくはそれが許せなくて……」
ミルーカは顔にでないがにおいは正直に発露している。
拳を握る音はまさしく嘘ではない。
ニンゲンはにおいのコントロールは出来ないし。
だから私は個人的に彼のことは信頼している。
山賊というのも本来は隠れ蓑にするつもりだけで義賊活動をするつもりだったようだし。
ただまあ悪人に利用されてひどいことになってしまったが……
「おーい! そっちは……おおっ!? なんだこりゃ! ワープゾーンか!?」
「えー? 酔ってるなよ……っておい! すげえなこれ!」
「あ、ローズさんここにいた! 何やってるんですかローズさん!」
「ああ、アノニマルースにちょっと繋いでみてね。ぜひこっちにも後できてよ」
酒飲みたちに見つかった。
ミアたちは呼んでいるが私はミルーカの方をちらりとみる。
ミルーカは酒の入ったコップを手にとったままほうけていたものの声で我に返った。
そして一度ぐるりとアノニマルースを見回す。
明るくにぎやかにただそこにある町並みを。
それから私達と穴の方を見てから。
ぐっと酒をあおった。
ミルーカは一気に飲み干して……
そしてむせた。
「ゲホッ! ああ……なんだか、久々にいい気分だ」
ミルーカはアノニマルースの空を仰ぎ見た。
そのぐらいの気概が良いね。
元の酒場に戻り酒盛り。
途中外に行くと既に祭りのような模様になっていた。
追いついてきたミアがそれに驚く。
「あれ!? いつの間にこんなふうに!?」
「実は飲みだしてからしばらくしたあたりからみたい。まあ、私はギルドの人達がこう動くのは知っていたから、それを見に来ただけだけどね」
「へぇ〜……でもいいですね! みんなでお祝いごとって!」
「実際、それが狙いだと思うよ。やっぱり、みんなと共有しなきゃね」
やっぱこういうとき派手におかねを動かした方が今までと違うとして市民にも受け入れられやすい。
結局独占者が冒険者に変わっただけでは意味がないのだ。
炊き出し配給も行っていて実は私も寄付したり。
当たり前だが書類をまとめたところで即出てくる金はない。
美しい調度品からはパンは出てこないし。
買い揃えられた武装からはラム酒が出ない。
物資によるガッチリとした経済支援だ。
それを祭りという形にしている。
アノニマルースが屋台とかすぐ貸し出せるから楽。
さすがに魔物たちが直接出向くのは話が変わってるくのであくまでアノニマルースは提供だけだ。
「わたし、良かったですよ、冒険者になれて」
「それは嬉しい言葉だね」
私はしみじみとそう言う。
流れる風に前とは違う活気が戻ってきていた。
この領が生き返るのはここからだ。