三十一生目 終幕
死んだ仔犬を抱えた泣いている女の子アリシア。
触らせてはくれないらしい。
「だめ」
「そうなの……大事な子だったの?」
「うん」
「そうなのね……じゃあ、お墓を作らなきゃね」
「お墓?」
「うん。お墓をつくると、ゆっくり休めるんた。それに……きっとまた、どこかでその子が、別のなにかに生まれ変わる。お墓は、ベッドなんだ」
「意味、あるの?」
「あるさ。やってみよう」
きっと多様な宗教観のある中で私のは1つの見方にすぎない。
ただ私は転生者だ。
転生者としてきっと語れる言葉はある。
景色がまた勝手に切り替わる。
しとしととした雨が降り注いでいて外と気づいた。
湖にヘドロが浮いて臭い。
振り返ると小屋は倒壊寸前になっていた。
そしてその代わり立派な墓が1つある。
傘もささずに祈るひとりの女性。
それは先程見た後ろ姿そのものだった。
女の子が成長して喪服を纏う姿。
それは真摯な祈り。
声をかけずに数十秒。
やがて彼女は顔を上げた。
しかしてこちらを振り向かずに。
「ずるいのねあなた。こんなところまで入り込んできて」
「誰でもできたりやれたりするわけじゃないよ。ただ、キミとは相性が良かった。入り込める隙間があったんだから」
「それに、この空間はまるで夢だね。妾が目覚めたときに、記憶には残らんだろう」
アリシアはそっと顔をそむける。
こちらを軽く見えるほどの。
私は軽くうなずいた。
「もう、これで良い。帰ろうか。ある意味心の上書きするとは、恐れ入ったね。手がつけられない攻撃じゃないか」
「本当は攻撃のほうがまだ良かったんだけれどね。それで何もかも解決できるほどの力なら。でも、私の力はそういったものじゃない。ただひとりの心を、真の意味で救うことは、出来やしない」
「フン、それで十分じゃないか」
まあある意味そうだ。
それが私であり相手であるというそれぞれの個がいるということなのだから。
自分の内面を救えるのは結局自分しかいない。
これは現象だ。
"無敵"という概念が起こっているだけだ。
だから私が何かしているのと同時に彼女がやり遂げただけ。
私は墓を作っていないのだから。
「それはそれとして」
「……こいつらは?」
「生物は矛盾を心に抱えるからね。それがよくもあり……ときにはこうして自らすら蝕みに来る」
いつの間にやら私達の周りに数体の影が浮き出る。
それはアリシアによくにた姿をしていた。
私が"無敵"の段階を限界突破したときに心の内側で戦った相手のように。
「自分自身だから折り合いをつけなくちゃいけない。私が出来るのは……」
「手伝いだけ、ということだろう?」
私は頷いて臨戦体勢をとった。
アリシアも手にいつの間にやら剣を持つ。
同時にその場から動き影へと迫った。
この中で私が出来ることは限られている。
魔法だのスキルだのはほとんど活かせない。
あくまで相手へ蹴って噛みつけイバラで投げ飛ばせるだけ。
近づくと何かを影たちは話しているが口の開きと違って声が小さすぎかつゴチャゴチャしていて何も聴き取れない。
ただアリシアは違うらしく影を突くたびに顔をしかめる。
「う、うるさっ、妾のことだ、妾が知っておる! ええい、妾の影のくせに生意気な! 妾を乗っ取るつもりか!?」
「何か悪口言われているの!? 私からは何も聞こえないんだけど!」
「あらゆる方向から、妾を責めるような言葉と、つまらん悪意をほのめかす言葉が巡っておる!」
なるほどそれは大変だろう。
だけれども。
「それをなんとかするのが、キミの仕事だよ!」
「わかっておる! ええい――」
彼女の言葉が途中から聞こえなくなる。
彼我の距離は関係ない。
なぜなら心の中だから。
アリシアが心の内に向き合うと決めた。
ゆえに言葉は私に届かない。
私への言葉ではないから。
ずつきして目の前の相手を跳ね除ける。
身体にあたたかな力が満ちる……
いや心なんだっけ。
ひとりではどうしようもないほどの闇に彼女は立ち向かっている。
それを見てから………力を解き放つ。
私の全身から光が溢れていく。
それは青く美しく景色を飲み込んで広がって行く────
私は現実世界に意識を取り戻す。
とはいえ外の世界ではほぼ時間がたっていなかったが。
至近距離に迫っていた顔を引きはがすように立ち上がりイバラを解く。
「ローズさん! 大丈夫なんですか!?」
「うん。もう大丈夫だよミア」
ミアが足を痛そうにしていたので"ヒーリング"しておく。
捻っただろうから後から痛くなるなああれは。
まあ治療をしなくてはね。
私達はアリシアの側に行く。
アリシアは倒れているままに目を瞑って。
ただ静かに涙を流していた。