三十A生目 景色
私の根幹にあるスキルの1つ"無敵"。
それの現在バージョンである"繋がりの無敵"は普段から友好的な相手であると思わせるため使ってはいる。
でないとホエハリ族とニンゲン族はけして種族の壁を超えて仲良く使用だなんてできやしないのだから。
そして戦闘時にもふんだんに使っている。
相手は私に対してたたかいづらく感じたりどうしても注目の的にしにくくなる。
ちなみに逆流させて注目もあつめられる。
生命力が減った程度で相手がダウンし抵抗をやめるのはこれが理由だ。
相手はその心にセーフティがかかりコレ以上の危害を加えようという意思がなくなる。
そんな当たり前な……と思うかもしれないが窮鼠の恐ろしさを知らない猫はいない。
そして私は普段この力を全力全開で使うことはない。
広く薄く使い自身の肉体から離して効果を出す。
被接触時は効果が大きく落ちるので。
戦闘でもそこに神の力を込めてまでたったひとりを落としたりしない。
この力は頼れると同時に間違いなく鋭い刃にもなりうる。
火と同じだ。相手を怯ませることもできれば暖まることもできて……無意味に骨まで焼き尽くすこともできる。
そこまで出来るかはともかく私はそういったものだと思っている。
"無敵"はよき力としてもあるし悪しき力として使え……使えるのか……うーん……なんとなく"無敵"が嫌がりそうな気がする。
ともかくこの力は無機物のしかも転がってくる岩なんかにも効果があるあたりシンプルな心理の変容ではない。
"無敵"とは揺らめく火であり吹きすさぶ風である。
生物が地に足つく理由でありものが断ち切れる瞬間。
つまるところ……現象であり概念だ。
敵を無くすという概念はただ相手と仲良くしたりするわけではない。
私と相手の変化だ。
自分すらも変化させる概念。
その間に発生する不思議な現象。
私は単なる岩に本気を試したことはあるが……
……彼女に使ってみよう。
「ア、アアッ!」
「こ、こいつ!?」
だが私が近づくといきなり身体を半分起こし私の前足を掴んできた。
さらには引き寄せ凄まじい力で握り込んでくる……!
凄まじい抵抗の意志だ!
私は力を込め直し数秒競った跡になんとか叩きつけて引きはがす。
その隙に今度こそ上に乗っかった。
イバラを伸ばして拘束。
「グッ!?」
「さあ、その怒りを解消して、苦しみを分かち、解き放って……反省してもらう!」
私は相手を潰さぬよう全力で抑えつつ顔を近づける。
その瞳にある淀みを見定めるように……
額同士ぶつけあった。
「ゼロ距離神力……"繋がりの無敵"」
途端に鳴り響く耳鳴りと視界の閃光。
それは相手も感じたらしく顔をしかめている。
やがて私達は光に包まれて……
「ローズさーんっ!」
ミアの声をよそに世界から遠く離れた場所に意識が飛んだ。
泣いている女のコがいた。
この世界は知っている。
前に偽朱竜として化けた相手アルセーラのときにも見た。
ならばココは心象風景か。
泣いている女の子に近づこうとするとふと消えて。
見上げれば先程までなかった小さな家が湖畔に建っている。
アリシアが住むにはあまりに小さいが……かわりにとてもきれいだ。
防衛能力のかけらもないかわりに住むのに過不足はなさそうな。
砦のような領主館とは真逆である。
家に近づこうとすると景色がスッと切り替わる。
家の前まで来ていた。
扉は閉じられているがおしゃれでキュートな見た目だ。
軽くノックをすると扉が開いていく。
中から顔をのぞかせるのは先程の女の子。
「アリシア?」
「おいで」
また景色が切り替わる。
今度は明らかに部屋の中だ。
開かれた窓からは湖がよく見える。
「……これがキミの、心の奥にある風景……綺麗だけれど……」
同時にわかる。
わかってしまった。
私が彼女の心に触れ合っているから。
このような原風景があったとして現在はその心は汚泥に埋まって風化している。
腐った家屋は新築にならずヘドロが顔を出す湖に生物は戻らない。
今この美しい景色はあの幼いアリシアのものだ。
さて案内されたが肝心のアリシアがいない。
私は目線を彷徨わせると視界にはないが泣いている声が聞こえる。
意識を集中させるといつの間にか女の子がそこにいた。
だけれども悲しみをこらえるかのごとく涙を流している。
抱えているのは子犬のような動物。
仔犬は冷たくもう動かない。
この心象風景の中に入り込み接触できるという時点で何か大事なものなのだろう。
……後々の調べで詳しいことはわかったがこの当時の私が知る由もなかった。
私が近寄ろうとすると抱えて守ろうとしてくる。
なるほど……うん。