十九生目 水魔
私は今ハートペアと共に野外学習に来ている。
クイーン云々の話は今はちょっと対策どうすれば良いか悩み中だ。
なので目の前の事に集中するとしよう。
ハートたちによるとやっと固形食が解禁された。
なのでめでたく外で狩りの練習だ。
「危険な敵が多いから僕たちが良いと言う相手だけ手を出してね」
空にはかわいらしい鳥が飛びまわり左横を通る小川に魚がそよぐ。
ディテクションのレーダーはだいたい緑だ。
黄色は気を張らなくてはならないハートペアぐらいか。
「うわ〜、外はこんな風になってんだ!」
「見てお兄ちゃん、ひらひらしたのが飛んでる!」
兄弟たちにとっては縄張り内とは言え初の遠出。
軽い遠足気分だ。
ちなみにひらひらして飛んでいたのは……
[アゲフラLv.10]
小さいとは言え実は強そうなタイプのチョウチョだ。
逃げるのに特化しているタイプかもしれない。
白い羽根を持って飛んでいる。
緑の点をレーダーが示しているしまあ下手に絡まない限りは敵対しないだろう。
さらに進んでいくとハート隊が制止してきた。
確かに水の中に黄色反応。
「これは……ちょうどいい相手かも知れないね」
「狩りの相手!? どこ!?」
「あ、お兄ちゃん水の中から何か来てない?」
ゆっくり、ゆっくりと小川から這い出てきたそれは実に透明だった。
透明な塊にとってつけたかのような目と口があり中には1つだけ小さな内臓のようなものが浮いている。
[スライムLv.5 状態:ビッグ 異常化攻撃:拘束]
いるんだ! スライム!
魔物と言えばで最初の方に思いつく奴じゃないか!
強いパターンと弱いパターンがあるけれどこいつは弱いパターンかな?
「さあ、このスライムはあまりかしこくなくて近くを通るだけで襲ってくる。後ろで見ているから三匹で効果的に狩ってみせてくれ」
今日の狩りはこいつが相手か!
サイズ的に私達こどものホエハリ並にあるけれど大丈夫かな?
じゃあ早速"私"を……
「よし、やっちまおう!」
「あ、兄さん待って!」
突発的にインカが仕掛ける。
まだ連携の準備が出来ていない。
スライムのレーダー反応が赤に変わる。
敵対状態だ。
「俺ひとりでやれるって!」
スライムが反応しジャンプするように避ける。
しかしインカの爪が先に当たり身体を引き裂く!
「おお、さすがお兄ちゃん!」
「どうだ!」
今度はスライムから何かが吐き出される。
あれはもしかして。
「避けて!」
「うわっ!」
私の掛け声に合わせインカが回避する。
今、油断してたよね?
せめて残心くらいしてくれぇ。
インカは爪についたスライム取ろうとしてたがそれどころでは無さそうだ。
そこらへんで軽く払っといて。
「草が溶けてる!」
弟が見て分析した通り液体が当たった部分がシュワシュワと溶けている。
都合よく特定のものだけ溶かすものではなく肉とか骨とか溶かすやつだな、あれ。
「そう、消化液を吐いてくるんだ。はなまる! からだについたら川で洗い落とすといいよ。あとでかぶれるからね」
ハート兄がそう言うがかぶれる程度で済みますかね!?
インカに向かって次々と消化液が吐き出される。
たまらずインカが後退。
ただ避けるステップはしっかりしていて一撃も被弾していない。
また飛距離が短いらしくここまでは射程足らずと言った所か。
すると、スライムが失った身体の一部がみるみる回復していくではないか!
こういうのはいくつかパターンがある。
見かけは埋めるが根本的な生命力は消耗しているパターン。
それと行動力を使ってヒーリング等で生命力自体を回復しているパターン。
そして、こういう単細胞生物っぽいのがよくやりそうな種族的にあっという間に簡単に治してしまうパターン。
「兄さん、弟くん、訓練通り囲むよ!」
3匹で配置につき構えて低く唸る。
セオリー通りちゃんと動いた方が未知の相手はやりやすい。
そのための訓練だ。
「そう、いいぞ」
スライムが向いていない味方から次々爪で切り裂く。
牙は使わない。
トドメで使うには良いがこいつは弱っているそぶりを見せない。
それどころか削れば削るほどその分平然と回復しつづける!
やはり、身体への攻撃は無意味か。
ハックが消化液を防御ごしに被る。
「平気?」
「イテテ……洗えば多分大丈夫!」
少し試したいことがあるし、弟は下げよう。
「隊列変更! 1・2で兄さんは弟くんのカバーに」
「わかった! こっちだ!」
弟と兄が下がり私が突出する形になるフォーメーション。
さあ、今度こそ"私"の出番だ!
これは私の場合はマントを纏う感覚。
黒いマントを纏い仮面をつけ血を浴びる。
そうしたイメージが"私"を呼び出すのだ。
「あれ、また妹の雰囲気が変わった……?」
さあ、殺ろう。
スライムが先制して消化液を吐きかけて来る。
無視して半歩ずらしで避ける。
そして反撃として唯一見えていたスライムの中のものに飛びかかる。
大量のスライムの身体を爪で貫き道を開く。
これだ!
私は獰猛さを剥き出しにして、見えていた違和感のある内臓を歯牙にかけた。
そのまま反対側まで貫く。
口に内臓とスライムがなだれ込むが気にしない。
地につくと同時に内臓を噛み砕いた。
あれ、意外とさわやかな甘い味わい?
「おお」
ハート兄の感嘆が漏れる。
残心ということでスライムの方に構えたがみるみるうちに内臓を失ったスライムが縮んでいく。
それに……水が漏れ出ている?
確か状態欄にビッグってあったな。
もしや水を吸って大きくなっていたのか。
スライムのくせに、浅知恵を。
ログを確認。
[スライムをキル +経験]
うん、死んだ、死んだね。
"私"を脱ごう。
ふぅ〜……
「あれ、お姉ちゃんもしかしてもう終わった?」
「終わったよー」
「妹は戦いの時になるとなんだか雰囲気変わるなあ」
まあ、意識して変えてますから。
にしてもあれだ、"私"のときは興奮して喜んでいたけれど戻ると、うわーとうとうやっちゃったなーってなるわ。
今後も何百と手にかける事になるのだろうか。
まあ、あれだな。
私は"私"の代わりにその分死者の来世の幸せを祈ろう。
黙祷だ。
私も、殺されてここにいるのだから。
めっちゃ他人事じゃないもの。
来世は人間なんてオススメですよ。 地球って所の先進国は比較的オススメ出来ますよ〜。
「よしよし、はなまる! 弱点を攻撃すればアイツは直ぐに倒せるんだ」
「その代わり身体は無限に再生するからね。無謀はいけないが狩りは攻めと守りをちゃんと意識するんだ」
その後はその場で実食。
本来は巣に持ち帰る必要がある。
しかし今回は訓練なので食べてしまうわけだ。
「あ、これあまーい」
「これ俺好きだなー」
ハートペアが目の前で解体したスライム。
といっても単純で消化液が内部で溜まっているので抜いただけだ。
……消化液に突っ込む所だったんじゃ? と思ったがハートペアによると内臓は消化液がないところにあるんだとか。
大体内臓が上、消化液が下なのでわかってしまえば狩りやすいらしい。
消化液をぴゅーっと出してしまえばあとはまるまる可食部分。
まあ水と消化液抜いたスライムなんて本当に小さいものだ。
5匹で分けたら一口ほども無いんじゃあないかな。
3匹で分けて食べていいとの事だから今実食中。
あれだね、さわやかソーダ味のグミとかゼリーとかそこらへんの味わい。
なんでシュワシュワするのかなと思ったけれど消化液がわずかに残っているのかな。
辛味は舌が痛みを感じている信号と言うがシュワシュワは辛くないのでつまりダメージが入る程ではない。
唾液に負ける程度の力しか残ってないようだ。
実に良い塩梅のおやつって感じだなー。
これが私達の初の獲物だと思うとなかなか感動がわく。
「おいしいね」
「うまい!」「ボクもこれ好き〜」
あっという間に腹に収まったスライム。
うん、離乳食は地獄だったがこっちは天国だ。
「さあ食べ終わったみたいだね。スライムは1匹いるところに30匹いるとも言われている。たくさんに同時に襲われないよう気をつけながら狩りを続けよう!」
まだまだ狩りの授業は続く。