九百四生目 過去
翠竜の前に浮かんだ絵面は確かに遺伝子のようだった。
ただこれは見方によっては……
「鎖……」
「そうじゃ。これがあることで、多様な姿をとり、多様な生を謳歌できる。運命とは、定められたひとつの形ではない。それぞれの生き物が生き物それぞれとして生きられる……そのための力であり、武器じゃ」
映像は鎖が……遺伝子がどんどんと変化していくところに差し掛かる。
その鎖は小さな生物となり植物となり魚となって。
魚がカエルに。カエルはトカゲに。トカゲは恐竜に。
「なるほどな……ようは、その力があるという保証を、翠竜がしてくれているわけか」
「そうじゃ。この鎖はいわば生命の設計図……ゆえに、ゴーレムにはないのが少し違う点じゃのう」
「把握。自機に変化なしの理由の理解」
ノーツのつぶやきに翠竜はうなずく。
ゴーレムに遺伝子はないのはそりゃそうだろうなあ。
生物じゃないし。
「さて、話が戻るぞい。この鎖の力を他の神からも、それ以外からも守る事はできる。同時に儂は観測し調べ変化を促す。儂はそのような力を所持をしていても、全体的に感覚で扱っておるからのう、ちゃんと扱えるのとはまた別なんじゃ」
「そのことはなんとなくわかるけらど……だからって、私達を実験台に?」
「ハハハハ、何せここまで好条件でやれそうな相手もいないからのう! 普通の相手に試すのは躊躇われるし、大神相手にやって無駄に揉めるのも好かんが、氷龍の使いならば、まあいいじゃろうて!」
「……自分の神使に頼めばいいのに」
ユウレンの言葉に一同深くうなずいた。
翠竜は肩をすくめるばかり。
「身内はもうやっとるわい。ただ、やはりデータとしては不安でな……まあ他にも諸々、今回都合が良かったのは事実じゃ。爪に触ってくれたのも、ちょうど機会として良かったしのう」
「まあ……そこはもういいわよ話が進まないし。だから、なぜこうなっているか、なのよ」
「そうそう。まだユウレンやジャグナーはわかるけれど……私はまったくわからない。ただ性別が変わっただけじゃあ、ないよね?」
「そうじゃったそうじゃった。さて、この鎖の魔法なんじゃが、何も形状だけの話ではない。鎖とは、連なるものじゃ。儂が変えるのはその場でのちょっとした設計図の変更ではないのじゃ。それでは、何もかわらん。体全体に刻まれた元来の遺伝子が、もとに戻す」
翠竜はまた遺伝子の映像を出す。
先ほどと同じく……
しかしさきほどより1部をズームインした。
「儂は、現代から過去に連なる鎖を弄ることで、今からその存在を昔から連ねて変えることが出来るのじゃ。平たく言えばそうじゃの……産まれた時の違いが、今どういう違いを生むのか、それそのものを現象として生み出せる」
「過去に遡及して効果を!?」
「ええっ!? 未来じゃなくて、過去を操るんですか!?」
「ううむ、その言い方だとまるで儂が全ての過去をコントロール出来そうじゃが、実際はそんなことはない。さらに、過去を操るというのも違う。儂ができるのはきっかけづくりじゃ。きっかけはほんの些細なこと……うまれつき、患っていた病が無くなったら。植物に魔物の資質を混ぜたら。そして……性別が違うように生まれてきたら」
「……ここの大地の植物たちが異様に強い原因だったんだ」
翠竜はうなずく。
植物たちが異様に価値が高い状況だったのは翠竜の実験による影響だったらしい。
多分他の大地で見ないようなタイプの魔物を見るのも……
なんとも広い範囲に影響を及ぼしているものだ……
「まあ、それ以外にも儂の肉体が大陸のあちこちにあるからのう。あれで、大地に凄まじいパワーを流し込んでおる。この土地はすごいぞう?
儂自慢の作品じゃからな」
「そ、そうか……」
「とりあえず、話がすごいとっちらかっているんですが……」
「おお、すまんすまん。とにかく、儂が今回したことは、もし産まれた時の性別が逆ならば、そなたらがどのような選択をとって生きてきたか……それが変化しておる。普通は、性別変化は多少の幅かある程度のこと、それで社会性が変化しようと本人の質までそうそう変わることはないわい」
翠竜はじっと私を見ながら話す。
やはり私の変化はかなり特殊だったらしい。
私の選択はそれだけ性別にすら左右されるほど特殊……あっ。
ホエハリのトランス先はオスかメスかで左右される……なるほどね。
「そ、それじゃあ、覚えないですけれど、ボクたちの過去が変わっているんですか!?」
「いや? 変わっとらんよ?」
たぬ吉がズコーッと勢い良く転けそうになっていた。
気持ちはわかる。
「まあまて。そもそも過去とは現在の前に連なる長い尾ではない。ありえたかもしれない過去を得たところで、記憶まですげ変わるものではないのだ」
ジャグナーたちの頭が痛くなってきたらしく側頭部を抱えていた……




