百九十四生目 悪斬
少年が"進化"した。
先ほどまででも手がつけられなかったのに!
赤黒いライオンのような獣人へと"進化"した少年は剣を掴んで空へかかげる。
頭上で刀身をクロスさせると上空一帯に猛烈に力を感じる。
アヅキも気づいてすぐに地面へ向かう。
「くっ、何を……」
「省略、行け!」
何かを省略した?
まさか魔法を唱えることをか?
その途端に空に強く広く渦巻く風が発生する。
降りようとしていたアヅキはすんでのところで捕まって再び空に引きずられた。
そのままグルグルと強い風に飲み込まれて遠くへと飛ばされた!
「ぐああぁぁぁ…………!!」
かなり遠くまで飛ばされていってしまった。
無事……だとは思うけれどしばらくは戦線復帰はムリかもしれない。
空の風が元に戻り少年はイタ吉とカムラさんを見つめた。
気づけた段階から発動までが魔法の規模や威力から推測するに早すぎる。
隠蔽がうまかったというよりは本当に高速で唱えたようだった。
あんな使い方も出来るのか。
なっ、今の風の影響で炎が強まった!?
計算した……わけではさすがになさそうだけれど酸素が送り込まれた挙句煽られて大炎上だ。
こんなの消火の前に少年をどうにかしなくちゃ焼け石に水だ!
当然すぐにイタ吉とカムラさんは少年を攻める。
すぐに体勢を整えるために少年は横に転がる。
攻撃は空振ったが出の早さを重視して小振りだったためすぐに体勢を整える。
仕切り直された。
これほどまでに強いニンゲンが"進化"して態勢を整えられたのはほぼ最悪の事態だ。
「殺す!!」
その声を聞いた瞬間に"怨魂喰い"が発動して大量の『相手が引き起こすだろう未来』が頭の中に情報として流れ込む。
[怨魂喰い +レベル 2→3]
圧倒的な力と恨み辛みによる殺意が彼が引き起こすであろう惨劇の展開が読めた。
さすがにこんな変わったスキルの対策はとっていなかったのか所々の致命傷を与えてくるものに限るがハッキリわかる。
そうこうしているうちにメチャクチャに怒りのまま少年がイタ吉に剣を振り出した。
けどおそらくだ、少年は頭の隅では冷静に勝ちに来ている。
「うお! おおお!? らああぁ!」
「ガアアアアアアッ!!」
どっちが獣かわからない咆哮を少年が出しながらも連撃を叩き込んでいく。
イタ吉は一気に防戦一方。
即席チームなのがここにきて災いしカムラさんの斧槍を振るおうにもイタ吉が素早く動きまくるせいで巻き込み事故を恐れて振るえない。
もちろん動き回らなければイタ吉は深手を負うから致し方ないが……
ただでさえ不利な状況でさらにこちらの手数を減らせばどうなるか。
それは目に見えている。
間に合え!
その時接近していた私と少年の目が合った。
そんな、金属同士の音に紛れて近づいたのに!
ライオンの耳は飾りではない、ということか。
「"魔魂封呪"!」
「うわっ!?」
一瞬だけ向いた目から怪しい光とともに何かが飛んできた。
これは"怨魂喰い"ではわからなかった。
おそらく致命傷を与えないから。
私は大きく吹き飛ばされて転がった。
しかし痛みは無い。
一体今のは……?
「……ってあれ!?」
"進化"していた姿が解けている!?
嘘でしょ!?
少年はもうこちらに目を向けずにもう向こうの対処に戻っている。
慌ててログを見る。
[異常 封印呪い]
[封印呪い 地魔法使用不可]
え、はい?
なんなのこの状態異常。
ま、まさか地魔法が今使えない?
地魔法の魔力を使って"進化"していたからそれも解けてしまったと!?
ま、マズイ!
「"獅子牙弾"!」
「ぐあぁー!!!」
私が混乱している間に爪を剣で弾かれ決定的なスキをさらしたイタ吉。
少年が武技名を叫びつつ拳を突き出すと少年の体全体から白い光が発生し一瞬でライオンの頭になる。
それがそのまま直進してイタ吉を跳ね飛ばした。
恐ろしい威力だ。
今のだけでイタ吉の生命力は半分消し飛んだ。
つまり2回当たれば死ぬ。
知れたのに避けられなかった未来。
後ろに倒れ込んだイタ吉をカバーするためにカムラさんが割り込んでなぎ払い。
しかしそれは少年の思い通りだった。
私は進化していなくとも急いで走る。
左の小剣で斧槍をキレイに弾く。
パリィと呼ばれる技術だ。
大きなスキがカムラさんに生まれ腹を晒すことになる。
すかさず右の復讐刀をカムラさんのみぞおちに叩き込んだ!
「ぐがっ」
「これで! ……ん?」
あっさりとカムラさんを貫く。
そう本来ならば心臓が肺をやって即死の位置。
いやまあこの世界ではそれで即死するかどうかは怪しいが……
少年は興奮しすぎてとある事に気づいていなかった。
「だから……違うと言ったでしょう」
「アンデットだと!? ……いや、どこかで死にまた蘇ったのならそれも同じ『悪』!! ここで――」
ニッと笑うカムラさんは目を見開く。
あの白く濁った目と手元の感触でニンゲンではないことを悟った少年は混乱した。
だがすぐにその迷いを切り捨て蹴って復讐刀を抜こうとする。
「やらせませんよ」
「離せ!」
だがカムラさんは刀とツバあたりをしっかり掴んで離さなかった。
片刃なのが幸いしてつかめたのだろう。
だが私の見た惨劇のカムラさん分はこのあと繰り広げられる。
そう。
今度こそ私がどうにかする!