八百八十生目 蜃晁ヲ冶ヲ
私の身体がうごけば……きっと殴りに行っただろう。
そう動けば。
私の身体は金縛りにあっていた。
だがどうやら向こうは反応したらしい。
本へ丁寧にしおりを挟み込み癖がつかないよう丁寧に閉じる。
ひざの上に本を置いて。
こちらへ顔を向けた。
その目はまだ開かず。
「ついに、来たか」
それだけだ。
それだけの言葉なのに私はあまりの圧力に吹き飛びそうになる。
絶対的な存在からの声は思わずひざまつき通り過ぎるのを待つという生存本能があるといわれるが……
まるでそれだ。
私の尾が自由ならば股に挟んでいたかもしれない。
まずい……本当にまずい。
みるだけでこれほどまでに心底冷えてくるとは。
聞くだけでこれほどまでに腰骨が抜けそうになるとは。
あまりに良い容姿とは裏腹に存在が別軸なのが理解できる。
「あ……う……」
危険だ。
私の心臓の音が止まりかけているほどに。
危険で囃し立てられなければならないのに肉体は既に屈服していて。
死だ。
終わりだ。
破滅だ。
そういう終点をイメージさせる存在そのものがただ座っている。
だから
ひとみがわずかにうすくひらかれる
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翌日の朝。
おはようございます私です。
昨夜話していた通り正式に箝口令が敷かれた。
冒険者たちも厄介事すぎるのを察して報酬さえちゃんと貰えれば良しとするだろう。
各々ギルドで小銭受けとれば口は他の職よりかたいし……
ミアはちゃんと罰されるかが心配そうだったが言いふらす気はなさそうだ。
どっちかっていうとゴズたちのほうが口が軽くて不安。
「よお！ 昨日は大活躍だったな！ あんだけ実力あるんだ、そりゃあデカい顔もするわな！」
「いやあ昨日は自分じゃないみたいで気持ちよかった！ 久々に晴れ晴れとした気分だ！」
「兵を辞めて冒険者になって、やっとらしくなってきた！ いやあ良いねえ冒険者ってのは！」
「朝から元気だね……」
ゴズたちは私を取り囲み背中を軽く叩いてくる。
むしょうに腹が立つのはなぜなのだろう。
そうこうしつつ冒険者ギルドへと足を運ぶ。
今いないメンバーはバンだけ。
なんかこの３人は朝も合流してきたし懐かれたらしい。
"無敵"の出力は友情を抱くほどではなく普通にしてあったからおそらくは言葉の通り戦いで認めてくれたということか。
……昨日のことはなんとも曖昧な記憶だ。
普段あの場所にいけば明晰夢として残るのに。
昨日あの悍ましい何かに出会ってからが曖昧だ。
目が覚めてしまったのかな？
まあいいや。
確かにあいつは気になるものの何もわからない相手に思いを馳せていても仕方ない。
それよりも……なぜか騒がしいギルド内のほうが先だ。
「あれ？ 何か建物の中が騒がしくないですか？」
「確かに夜と朝が騒がしいのはよくあることだがよ、この感じは違うな」
「いつものは熱気だ。けどこりゃ……怒気か？」
「おだやかじゃねぇなぁ」
全員でなんだなんだと乗り込んでいく。
そこでは冒険者たちが受付の方に向かって集っており……
多数の怒号が飛び交っていた。
全員昨日見たメンツだ。
「ふざけんな！」
「金返せ！」
「おかしいだろ！」
「領主を出せ！」
「許されるか！」
割とただごとではない怒りだ。
わざわざにおいを嗅がなくても異様なことはすぐにわかる。
「おいおい、なんだこれは……」
「お！ 今来たんですか。ほら、あそこに貼ってある案内見て」
人々の群れに加わらず椅子に座っていたのはバン。
ただなんとなく疲れが見える。
騒がしいのと『案内役』係が勝手に定着したのだろう。
全員振り向いて掲示板のほうを見る。
そこに大きく目立つ位置に貼られた他と違う雰囲気の紙。
頑丈そうなその高級紙はまさしく公布されたもの。
そして全員の顔がひどく歪むまでに時間はいらなかった。
「し、支払い……不可！？」
「う、嘘だろ……なんか色々書いてあるけどもう心が読めねえ……」
「おいおいおい……嘘だろう……」
「うわぁ……ええとね、まとめると」
・本来冒険者による賊の大討伐は賊が持つ財産を大きく期待して行われる。
・それを踏まえて本来明らかに持ち主が記されている品物以外は全て領主や国が買い取り、持ち主に細かく再分配する。またその時、明記されたものや特定できた物も、一定割合以上の金額での元持ち主による支払いが求められる。
・本来領主一族が請け負う治安維持を冒険者が下請けした形のため、額面以上に領地の利益になるため、国が下請けの冒険者ギルドにきちんと金額に変換した分と謝礼金の支払いを行わなくてはならない。これは信頼関係により、商業的にただしく行われる。
・領主一族はそれらをいろんな言い回しで税金として差し押さえ賊のものは領主のものであるため当然全回収、ついでに国の施設である砦を壊したので賠償
「こう書いてある」
