八百七十六生目 存在
つまりはだ。
「つまり、私が悪用するかどうかが心配ってことですか?」
「いえいえ。そもそも月に送る術は、転移の魔法とはわけが違いますから。その差は月とスッポン、そう、月は食べれずスッポンは食べられるのです。つまりスッポンのほうが役に立つということですね」
「へびめらは愚考するのです。つまるところオロカ=シンキングなのです。ただしく出来ねば罪人を逃してしまうことになると言うわけです。つまり、エスケープシンデーモン!」
ちょっと何言ってるのかわからないのにどことなく腹が立つのは蒼竜とはまた違うタイプだなあ……
「ところでスッポンを食べたことあります? わたくしはないのですが」
「あれ〜? 食べたことありませんでした? ほら、直接かじりついたことはないですが、あの時わたしたちではない口がスープを頂いたはず」
「いえいえ、あれはウミガメのスープですよ、おいしいおいしいウミガメのスープです」
「ほほ〜、では、問いましょう。それはウミガメで出来ていますか?」
「「ハハハハハ」」
「えぇ……?」
「気にするだけ無駄だ。とにかく、こいつらは不安らしい」
にょろろとくねねが不安視するのは当然と言えば当然だった。
そもそも教えてもらってはいないし。
そんなこんなしている間に神の魂が死体から出てきた。
ビュウロウのものだ。
「だったら……すみません、逃さない結界だけは手伝ってもらえますか?」
「ああ、それはもちろん」
特になんでもないようにあっさりと構築されたニンゲンの領域を大きく超えた結界。
それは神の力をもつものを閉じ込める結界。
「すごいですね、存在魂としては今わざわざ情報魂を脱ぎ捨てるわけにはいかないとはいえ、両者をしっかり捕らえてます」
「ん? そこまで魂1つにあれこれ考えたことはなかったな」
まあそこは力の持つものの差異だろう。
私はほら……死霊術師だから。
(ほぼ下っ端のな)
見習いは卒業できたから……!
さて魂だが正確には分類がいくつかある。
まずみんなが知っている全体像そのものは魂だ。
そこから中身を詳しく見ると情報魂と存在魂にわかれている。
基本的にみんなが指すのは情報魂だ。
これは魂として必要なあらゆる能力やデータを持っている。
神だと神力のおかげてこの幅が相当大きい。
成長する魂の力がより強く世界そのものに影響を与えるスキルを扱えるわけだ。
そして存在魂だけれど……これはかなり難しい存在だ。
これは意識の連続性というよりもたとえ自覚すらなくてもその先が無にならずいつか目覚めるためのものだ。
他とくっついても離れてもいつか最後には目覚めを保証する。
……そう、私は情報魂がボロボロで存在魂にすがってギリギリ転生できていた。
この情報魂は本来転生するのなら綺麗サッパリなくなるはずなのだけれどね。
そうなった時はもはや転生とは呼ばず新たな生まれだが。
存在魂は二重の状態を常に保つものだ。
そこにあってそこにない。
右の道を通っていて左の道を通っている。
簡単に言うと例えば魂を捕食する攻撃を食らって情報魂が取り込まれ破壊されると……
存在魂だけ独立して勝手に「食べられていない」ことになる。
そして大いなる宇宙の流れに還っていくのだ。
つまりこれは法則そのものであり干渉は何者にもできない。
ただルールである以上抜け道もあるというか……
情報魂と一緒だと基本的存在魂も一緒にいる。
いまキルルがやっているように情報魂ごと拘束すれば結界で閉じられる。
くねねやにょろろが懸念するのはこの先。
私がこの魂というデリケートな品物をめちゃくちゃにしたりすっぽ抜けたりせずギタギタにして月へ送り返せるかということ。
「本当に任せてみるのですか? へびめらは心配ですね、もうおすすめしないなんてものじゃない。こんな時に、不確定なものを使うべきじゃないのです。たった3本寄り集まった程度の矢は、締め折ることができるように、やはり安心するのなら、神の一矢ぐらいは用意しないも。あれは締めたらビリビリ来ますからね」
「つまりインテグレートするということです。選択して集中するなんで出来っこないのですから、最初からやれる1つに纏めたほうがお得です。へびめにはわかりまかねます。どうしてこんなことをさせるか、分からないです。我々で出来る事ならば、我々がやりきったほうがいいのではないですか?」
「およよ〜、へびめは忠臣の忠告者。いたずらに不安を煽りたいわけではないのです。煽るのは神々の間で炎上している事件だけです」
「それでも、簡単なことではないことを、さよ簡単と言われたら、へびめらは流石に不安なのですよ。趣味はと聞かれたらエゴサーチと答えられるようなもの」
泣き真似をしている蛇ふたりをキルルという身体本体はやれやれと見ていた。




