八百六十五生目 地獄
王族と首脳陣率いる政府。
どちらも間違いなく国の中枢であり……
互いにいがみ合っている。
そして互いに強大すぎるがゆえにどちらも壊れては困る組織で。
それゆえに薄氷の上ギリギリのバランスを保っている。
どちらの派閥かは生きていく上で重要だ。
こちらは王族が収める地域の派閥となっている。
とはいえ政府も少なからず力を込めており国の中では珍しい中間地帯だ。
……別名魅力のない土地。
領主一族がアレなのでここら一帯の資産価値は低くなり続けている。
迷宮もないし。
そんなところでもととはいえ王族が賊の真似事とはおだやかではない。
「王族とはシャレにならないよ、それは……勝手に名乗れば、盗賊行為よりよほど罪が重くなるけれど?」
「だから言ったじゃないか。ただのミルーカだって。今のぼくには、そういった権力的な力はない。ぼくは嵌められて勘当されたあと、嵌めて来た相手を……ここの領主一族を引きずり落とし、汚名を雪ぐ」
先程までのどこか明るくどこか余所行きの非常にイケメンらしさを保っていたが……
最後の言葉で黒い影が漏れ出る。
思わず誰かの息を飲む声が聞こえるほど。
バンも一瞬静かになりそれからもう一度落ち着いて話し出す。
「……で、なぜそんなことをしなくてはならない坊っちゃんが、こんなところで賊を? 近隣の村たちの被害、忘れたとは言わせないよ」
「そ、そうですよ!」
ミアもそれに伴って声を上げる。
相手が持つ上位者のオーラに気圧されていたがなんとか勢いを直したらしい。
ミルーカは再度どこか弱々しげな仮面をかぶり直したようで影が抑えられている。
「そう、そこなんだ。ぼくが話したかったのは……この面々は、2つのグループに今、割れている。1つはぼくと理念を共にしてくれる、義賊活動を生業にしたチーム。もう片方であり、ぼくが組んだことを今も後悔しているのが――」
「おいおい、さみしいこと言うじゃねえか!」
「――なんでもやって、なんでも壊す、そして今、止めていたはずなのに全部壊しに来た奴だ」
非常に声を苛立たたせたミルーカが見た先。
高台のそこにはひとりの剛腕をもつ大男が。
賊の大将といった時に思い浮かぶのはこっちの顔だ。
「つれないねえ。俺様たちはよ、1つの目標に向かって一蓮托生の身なのよ。地獄の底までな」
「だから! その地獄の底に民草を連れて行くのは筋が通らぬだろう!」
「何いってんだか、綺麗事ばかりずっとよお……わかってんだろ、兵の士気はそんな綺麗事では上がらねえ。兵の腹はそんなことでは膨れねえ。それに、俺様はともかくお前は元とはいえ王族だろ? 王族はよ、国民を肥やしとしてちゃんと使い捨てる係だろうが!」
「またそのような……っ!!」
吐き捨てるようにミルーカは目線をそらす。
そして怒りのあまりこっちを忘れていたらしい。
ふとこちらを見て「あっ」と顔が変わったあと咳払いをする。
「ぼくは、ぼく単体ではあまりに非力だった。それゆえに同好の士を探したのだ。ただ、途中から自分たちが見るものは同じでも、見る先が違うとわかってな……やつを黙らせられないか、思案中だったのだよ」
「なるほど、世間知らずの坊っちゃんが、気づけば盗賊団の片棒を担がされていたと。さしずめ、ここの砦を用意できたのは、ミルーカと男爵の力かい」
「まあ、そうだね。こんなことになるだなんて、ぼくは甘かったらしい……」
「それによう、わかるぜ、こういう感じのやつはよ。口では大言吐いているが、実際はその日暮らしで遊んで暮らせれば良い、掲げる目標を単なる誘蛾灯にしやがったんだ」
「そんなことは!」
「初対面なのにひどい言い草じゃないか! ハハァッ!」
近くのミルーカよりも遠くのアイツのほうが声が通っている。
というか下品に声が響く。
うるさかったらしくミルーカが耳を抑えながら吠え返す。
「ガンザ!! お前、やっぱり領主転覆なんて狙っていなかっただろ!!」
「おいおい、他人の名前を勝手にバラして言い訳がないだろ? それによお……結果としては同じだろ? 領地の物全部俺たちのものにすれば、それは転覆だぜ?」
「貴様……!」
ミルーカが青筋たてて腕を大きく薙ぎ怒りをあらわにする。
対してガンザが高台から煽るように声をざらつかせる。
"見透す目"で見ているけれど……ふたりの関係は明らかだ。
利害関係ではあったけれど決定的に対立している。
そして残念なことにミルーカは対話で解決できると信じている。
だからこそそこをガンザに悪く利用されていた。
「黙って」
だからこそそこで凛と響くひと声で場の空気が引き締まり一気に沈静化した。
発したのは……ミアだ。




