八百三十七生目 舌鼓
みんな少しアドバイスしてたまに私が移動しそっと修正すれば劇的に動きがよくなる。
まあ訓練なのでそのぐらいできないとだめだ。
実践ではそんなにキレイな整え方はできないしさせてくれないからね。
ここで基礎を固めるのが大事。
「移動はや……」
「声がいきなり聴こえてくる……なんだこれ」
一方絡んできた3人組も動きが違っていた。
短剣を持たされた彼は……
「確かに短剣は冒険者からは人気が薄いよ、魔物への攻撃が届きにくく、なかなか致命打になりにくいから。それでも……」
「ちっ、わかってるよ、さっきあんだけ強さを見せたあんたが言うのなら、きっとやりようがあるんだろう!」
両手剣とは勝手が違うものに翻弄されるように彼は相手へと斬り込んでいく。
なにせ片手武器だ。
さっき教えた通りちゃんと半身そらして身体が直線上になるよう構えている。
「くそっ、扱いづれえ。やっぱオレはでかい剣のほうが……」
「そ、そうか!? それでも扱いにくいと思ってるのか!?」
「……どういう意味だ?」
「さっきからの斬り込み! 小さい剣だとは思えないような力とか、全然スキが見えない体捌きとか、それでも不慣れなら……とんでもない伸びしろあるんじゃないか?」
「へっ?」
ふふふ。どうやらいい調子のようだ。
小杖から長棒に持ち替えた彼もおっかなびっくり良いように身をさばいているし……
盾と剣で槍に持ち替えたのは明らかに受け能力が盾の時より増していたからだ。
ミアや先輩冒険者のほうは……
「次は右!」
「はい!」
「左!」
「っ! はい!」
ハンマーを打ち付けていく先輩冒険者さんを指示通りミアも弾いていく。
最悪振って当たればそれが攻撃になるのと違いガードはかなり難しい。
避けれれば最適だがまずは身を守るのが最優先だ。
「よし、一回リセット! ふう、なんというか、面白いねハンマーって。やってみるまで使おうと思わなかったけれど、意外にもアタシに向いているかも!」
「ふう……ふう……なんというか、指示通り防ぐだけなのに、とても恐ろしかったです……まさかこんなにも疲れるなんて」
「……ああ、そいやアンタに聞きたいことがあったんだ。アンタ、農業の子なんだろ? さっきちょっと聴こえてさ。それなのに、わざわざこんな危険なもの振り回そうだなんて、どんな風の吹き回しだい?」
ああ冒険者ギルドの中で聞いていたのか。
そういえば……
ミアさんが結局ここまで力強く参加してくれている理由は知らない。
「わたしは……攫われかけました。あのときは助かったけれど、今度は助かるとは限らない。それに、まだわたし以外助かっていないんです。だから、強く思ったんです。自分の身は、自分で守る力を身に着けないと……彼女みたいに強くならないと、きっと後悔するからって思ったんです」
「へぇ……ゾッコンじゃん。やけるねえ」
「ええっ!? ぞ、ぞっこんだなんてそんな、別にそんなことじゃあないですって!」
「はは、悪い悪い少女、アンタには刺激の強い話だったな!」
「違いますってー!」
何イチャイチャしているのあのふたりは。
ミアさんは先輩冒険者に顔を真赤にしながら食いかかる勢いで否定している。
まあそれはともかくとして。
彼らには身体を動かしながら基礎的な考え方……つまり倫理のおさらいをしたりする。
どうせここにいる面々はそこそこ良い年齢である。
自分の中でそんなに納得しない考えもおおかろうがルールならば従うという発想の元動いてくれるはず。
「ちょっとしつこいぜーセンセイ!」
からかうような明るい笑い声が少しその場に溢れた。
しつこいくらいで良いのだ!
結局その日の訓練は夜まで続いた。
隠密だの探索だのまだまだ教えることはたくさんあるもののまあ今は無理よね。
それは本来の講習でやるしかない。
冒険者ギルド員たちからはものすごいありがたがられた。
苦労……しているんだろうな……
ミアには今日の復習をしてもらい街の中で比較的マシらしい宿で泊まる。
宿の中庭で訓練用の両手剣をブンブンしていた。
「本当は基礎体力づくりから初めたほうが良いんだけれどね」
「いまは! その時間も! 惜しいですから! ね!」
「うん……私も、気合い入れていくよ!」
彼女の決意を聞いたからには私が手を抜くわけにもいくまい。
とはいえこの世界結局レベルを上げていかないとだめなんだけれどね!
地道な鍛えで力量を技術の学びで技量を。
私がまだ小さく力のない頃を思い出す。
……例え力なくとも生きやすい世界を。
そのぐらいはしないと前世レベルの生活には到底届かないのだから。
その日は食べたこともない肉が出てきて舌鼓を打った。




