八百七生目 剣神
ほんの少し戻る。
「その蝕死の呪いは徐々に魂を侵食し、やがては神の滅びを齎すものだ!解きたくば我に認められよ。我が戦いの場より逃げることは許さぬ。さぁ我を倒せ!!」
『できるかー!! ボケ――!!!!!!!』
その念話が飛んできたのは5分前のことだ。言いたいけど言わないことを念話で私だけにぶつけて来るのはやめて欲しい。
数ヶ月スイセンに逃げられ続けたことで今回剣神は逃がさぬように呪いをかけてきたのだった。さっきは同情しないと行ったけどこのあたりは同情する。詰みじゃん。
改めて蝕死の呪いを観察する。
【蝕死の呪い】神ですら滅せる魂に食い込む死の呪い。術者が相手のその姿を捉えることで発動でき、時間をかけ徐々に侵食する。
剣の神は背丈ほどある大剣を消す。その代わり1つの剣を構えた。一見すると鎧を着た男が大刀を構えているだけのように見える。ここが空中でなければの話だ。
そう。さっきから全て空中で起きている。
スイセンも剣神も周りを巻き込むことを嫌って街からスイセンが吹き飛んだ後に街の外には移動している。
野次馬がいないのはこの外周を隠蔽の性質を持つ霧が覆っているからだ。これを展開しているのは今のところ襲いかかられているスイセンの方だ。
踏み出したと思った途端に刃先がスイセンの喉元に迫っている。スイセンは後ろに跳んだ。バリバリと障壁の破れる音が止まらず重機で鋼鉄を割るような音がずっと鳴っている。
避けながら多重に障壁を貼り続けているのだ。外側を壊されれば内側に1枚障壁を増やす。多重の障壁をものともしない剣戟も無限の障壁の前には威力を削がれていく。
ただし、その一撃だけだ。
ふ、と剣の神は満足げに笑い。
当然のように連撃を始めた。凄まじい速さで複数の攻撃が振るわれ続けていく。そらそーなる。
目に見えるジリ貧だった。
『攻撃しないの?』
『してるよ!ビクともしないんだよ!ブスは黙ってろ!!』
念力で相手の攻撃とは逆方向に全力で押しているらしい。まるで効いていない……
どうしよう。スイセンだとはいっても放置するのは良くない気はする。いなくなった方が世の中のためのような気はするけどリュウの話だと消滅しても復活するんじゃ無かったっけ。
ただスイセンの使える手は念力だけでは無いようだ。スイセンの周囲の空間から氷の針が無数に現われて剣神に飛んでいく。
剣の一撃で氷の針は落とされ――ない。弾かれる直前で氷の針は軌道を変えて一点に向かった。
一箇所でぶつかった氷の針が弾ける。
砕けた針たちは粉々に成っていきやがて剣神の周囲を覆う霧のようになる。
「フハハ! 剣は霧を払い未来へ斬り込むもの! この程度!」
しかし止まったのは一瞬。剣神は霧を払うように剣を連続で薙いで剣圧で吹き飛ばしてすぐに中から出てくる。
そしてスイセンを見つけ飛び掛かろうと身構えて。
そこで動きが途端にギクシャクして止まった。
「ムッ!? これは!?」
「どうやらダイヤモンドダストを知らなかったようだね。斬るものを見誤れば斬れないだろうねぇ。そして既に仕込みは終わった。極小にした氷の針が全体に刺さり、そこから一気に冷やした。肉体があるかどうかはしらないけれど、どんどん関節や剣先に氷が溜まっていく。これならどうだい?」
たしかに見るからに鎧も剣も白く凍てついているように見える。
氷は全身を覆って増殖を止めない。もしやられたらとんでもなく嫌な妨害だ。ジワジワと絞め殺すようなやり方である。
これはかなり効果的か……?
「こ、これは……」
「さあ、降参なら今すぐ受付――」
「――これは! 剣が曇っている! ぬおおお!! 剣は曇りなき輝きでなければならない!! 脆くなるなどもってのほか!!」
「……は?」
鋼は急速に冷やした後はもろくなる。なので偶然とは言え着眼点は良かったはずなんだけれど氷じゃあたりなかったらしい。液体窒素がほしかった。
戦闘中だというのに鎧の中から布を取り出して数秒で磨き上げた。
メチャクチャである。
ただメチャクチャなのにその動きと摩擦熱で剣は輝きを取り戻し鎧の氷も砕けていく。
結局『気になった』だけであって『有効打』ではなかった。
「クソ、ほんとクソ。理屈が通っていない」
「さあ! 仕切り直しと行こうか! 次はただしく凍てつく空気を斬り裂こう!!」
あーあペラペラ話すから……まあものによっては効果を説明すると効能が跳ね上がるらしいからしかたないのかもしれないけれど。
剣神は勇ましく構え直しスイセンはガックリと肩を落とす……ひまもなく全力で逃げ腰だ。
『もう来んな! 若干熱血っぽいのがもう無理なんだよ!』
「お前の力はそんなものか!剣を取れ!剣が交わることこそ真の決闘よ」
剣神がスイセンに要求するのは剣を抜くことだ。
何故か剣神はスイセンが剣を使えると思っている。




