百八十四生目 故郷
もしも戦ったら勝てるのだろうかと、想像できる相手ならまだ良い。
戦う? ムリムリという相手がよくわからない理由で攻めてくるかも?
そんなのは、台風を相手に戦うのと同じじゃないか……
というポロニアに対する未来への不安は抱えつつもそれだけでは話が進まない。
私のやることもやっていこう。
日は暮れたがまだやることはある。
依頼書。
そう私が冒険者ギルドに依頼した、癒し手の募集だ。
光魔法で聖魔法でもスキルでも武技でもいいから誰かを治せるやつ大募集していた。
それが!
なんと!
ついに!
癒やし手が!
現れた。
依頼を受けた者がいたと連絡受けたのはついさっき。
これから合流する予定だ。
私のテントにくるらしいので少しの間待つ。
詳しいことは聞いていないがそもそもひとりなのだろうか?
たくさんきたらどうしよう?
いや傷を癒やせる者は多ければ多いほど良いな……
妄想を膨らませつつ早くも時間が過ぎ去る。
そうして気づいたらテントの前に影が。
「依頼の方かな? どうぞー」
「し、失礼します……」
恐る恐ると言った様子でテントの出入り口から顔を覗かせたのは犬面。
そのまま傾けた身体はまるでニンゲンのようにボロ布を器用に縫い合わして服にしたニンゲンのような身体。
あれ? 確かこの種族って……
「い、依頼を受けました。少ないけれど、癒やしの魔法が使えます……」
「どうぞどうぞ、こちらへ」
犬の頭にニンゲンのような身体……全身毛皮タイプの獣人だけれども、名前……ケボ、カボ? けるると……
「コボルトと言います、よろしくお願いします」
「あ、はい」
そうそうコボルト。
一応"観察"してコボルトそのものの言葉を覚えよう。
だがそれにしてもだ。
「あの、私の群れにいましたっけ? それにその言葉はニンゲンの……」
「あ、え、はい。いいえ。私は外からやってきた者です。ニンゲンの言葉はそちらも……ええと、コボルトという種族の風習はご存知でしょうか?」
「いいえ、ご存知ないです」
言葉遣いが変になってしまった。
やはり私の群れにはいなかったはずの種族だ。
どういったことなのだろうか。
「コボルトはみんなで旅をする種族なんです。群れで旅をして、気に入ったところで足を止めて、風に導かれてまた歩く。そんな種族なんです」
「素敵ですね」
「いいえ! 旅自体はそう綺麗事も言えず過酷でした。ただ、そう、それでも旅をしてしまうのは、なぜなんでしょうかね……」
なんだかんだ言いつつも悪くないという顔をしている。
サガというやつなのだろうか。
「それで、ええと子どもが大きくなれば、その群れから別れて新たな群れを作る旅に出ます。私もそうです」
「群れから別れて旅に出たんですね、立派なことです」
「ありがとうございます。ええと、それとコボルトはニンゲン族と交流します。物を交換したり、危険な相手を狩ってもらいます、だから、ニンゲン族の言葉、話せます」
なるほど、なるほど。
彼女の事情はよく分かった。
そしてコボルトの言葉も学習完了っと。
「ふうむ、それは凄いですね! ところで……『おまーさんこっつのしゃぁりかたのほうが楽やにゃーか?』」
「っ!?」
スゴイ顔している。
今のはコボルト語だ。
しかもどうやら彼女の出身訛り。
もちろん私の前世の言葉とはまるで関連性はない。
勝手な脳内補完である。
こちらの話し方のほうが楽じゃない?
と言ってみた。
「わ……」
「わ?」
「わっちの方言をなんぜ使えとーと!? わっちらの中でしか知らんはずだわぁ!
(私の方言を何故使えるのですか!? 私らの群れの中の者しか知らないはずなのに!?)」
「そらばスキル使ったがね、わやならんでもええで。
(そういうスキルを使ったのです、落ち着いて)」
懐かしい言葉を聞いて興奮してしまったらしい。
食って掛かってくる勢いで話してきたがなんとか抑えてスキルについて説明した。
その後スキルのことは理解させれたがしばらく郷土での言葉で話し込むこととなる。
おちついてくれたのは、それからずっとたってからだった……
「すいません、久々に聞いた言葉だったものでつい興奮してしまって……」
「いやあ良いよ、喜んでくれたみたいだしこっちもスキルで覚えたかいがあります」
なおコボルト語は継続中である。
脳内補完を普通に戻しただけだ。
やはり本来の言語のほうが話しやすいらしい。
「うう、なんだか泣けてきてしまいました……」
「ええ!?」
なんで!?
それは声には出さないけれど!
「大丈夫?」
「遠い地で、しかもよくわからないこんなところまで来て……ああ、すいません、悪い意味じゃないんです。まるで不可思議な空間に迷い込んだようなここに来て、心細かった所で聞くあの言葉が、ここまでうれしいものだとは思いませんでした」
「なるほど、ホームシックかあ……よかったら、その故郷での話をもっと聞かせてくれない?」
「あ、わかりました。でもどうしてですか?」
「少しでも、旅の疲れを癒せれたらなって思ったから」
コボルトに肉球でタッチしてそう話す。
癒やし手はきっとそういう役割も大事になるから。