七百九十生目 埋火
ゼーブとダカシが私のことを中心に会話を交わす。
まあ悪口ではないので良しとする。
わいのわいのと話していた後にふとゼーブが静かに目の前の炎を見た。
場は騒がしく炎は激しい。
けれどなぜかその瞬間だけはとても静かなようで。
火の熱さに目を焼かれないようにゼーブは目をそらす。
「……? どうしたんだ、ゼーブ」
「いや……俺さ、今回の件で少し自信をなくしたんだ。今後も本当に冒険者をやっていけるかってさ。確かに、戦ってあの恐ろしい群れに歯向かうことは出来たし、仲間たちとの協力で追い返すことすらできた。けれど、この戦いで今後もやっていけるほどに自分がなるのか、なんだかなあって」
「ん、でもオレと違ってだいぶ活躍はしたんだろう?」
「なんというか、大きすぎる流れの中で改めて自分のちっぽけさを思い知らされたというか、俺の冒険のはずが、なんか誰かの中の1つにしかなかったのかなあって思っちまってさ」
「へぇ、冒険者らしい悩みだなあ」
「……冒険者じゃないの!?」
「うーん、少なくとも心構えは。オレはなんというか、身分のために冒険者になっていたのであって、正直定期更新はしているけれどランク上げしているかといわればまったく」
「い、意外だ……てっきり冒険者だったのかと。まあそれよりもだ、俺って冒険者本当に続けていて良いのかなってさ。もちろんペーパーでじゃなくて本業で。なんか俺はあそこまではなれない気がしている。だんだん身体のキレが育たなくなってきた」
「まあ……あんまりオレも他人にどうこう言える立場じゃないけれど……物事を続けていて、1つ大きな区切りを見つけるとそうなるって前聞いたぞ。心が、燃え尽きているらしい」
「燃えて……」
ゼーブは間違いなく活躍していた。
私の設置したトラップや各種壁やら機材やらをうまく使い片っ端からンメル族を狩っていたという。
もともとンメル族でレベルを鍛えようとしていただけある。
ボロボロになりながらも何度も戦線に復帰して最後の追撃戦では多くのンメル族をなぎ倒していたとか。
もちろんチームでではあるがそれでも他のチームと比較しても上の下はあったらしい。
明らかによくできているが……
ゼーブは前にある炎を目にする。
ダカシが指さした。
「あれが、あの燃え上がる炎が、戦いのとき。そしてこのあと、鎮火する。鎮火した時が今だ。けれど、だいたいの人は灰の中に種火が残っているらしい」
「埋み火か……そうか、今の俺は、夜、火を消した釜かあ」
「だからなんだってわけじゃあないけれど、自分の状態を言語化しておくと、冷静に見やすい……らしい」
明らかにダカシは受け売りで話しつつ言葉をつむぐ。
それは復讐を終えて尽きかけた自分をどこかに重ねているかのように。
「なんというか……博識だな」
「受け売りだよ。それこそ、オレだってまだあがいている途中なんだから」
「……そっか。うん、そっか…………」
ゼーブの消え入るような声にダカシはゼーブをじっと見つめる。
その声は何かをなくしたようなものというよりも染み入るように中にあふものを再確認したかのようか。
ゼーブはたっぷりとためて息を口から吹き出してから目を見開いた。
「よし。決めた。まだやれる、俺は。ありがとう、埋み火状態の心ってのは、わかりやすかった。なんというか、俺の心にズンと来たよ」
「そ、そうか? なら良かったけど……そんな感動的な詩とかではないぞ?」
「元々吟遊詩人の飾った言い回しとかよくわかんねえんだよ、俺。むしろ、アンタみたいな人が直接話してくれただけで助かった」
「……そうかあ。直接話すだけでも、か」
ダカシはその黒ライオンのような顔を少しだけ笑みにゆがめる。
それはすぐにわからなくなるように消えて。
炎のはぜる音と祭囃しが包むだけだった。
私は祈った。
どうか楽しい時が続きますようにと。
困難ばかりでは折れてしまうだろうから。
そして死者たちに冥福を。
来世への祈りを。
生きている者たちのために死者は弔われていく……
そこで話が終わっていればまだ終わっていないとはいえきれいだった。
翌日血相を変えたギルドマスターに緊急遠隔会話をなにかしらでしたらしい会話のメモを見せられる。
もはや殴り書きでかつ文字は震えていく。
「世界同時に、多発した大蜂起……!?」
私はいつのまにか拳を握りしめていた。
少なくとも分かっている範囲のこと。
各国で同時多発的にニンゲンの街が襲われる。
大陸をまたいだ情報はアノニマルースで収集中なので本当に『世界各国』かは不明。
ただ少なくとも皇国の都も襲撃を受けている。
そこはなんとか撃退したそうだ。
死ぬほど防衛に向いていない地形だと月組がキレていたらしい。




