七百七十五生目 奈落
ほんの僅かな距離。
ここからンメル族の巨大鬼が強く踏み込み駆けて数歩で小人たちをぶん殴れる。
よく見ると小人たちは青く震えるような顔をしてにるものが多い。
だからこそ巨大鬼は勝手に口角があがるのをやめられなかった。
「そこだぁーー!!」
その巨大鬼はきっとフラストレーションがたまっていたのだろう。、弱い小人がちまちま皮膚を削ってくるのを。
だからただひたすら駆けて小人の寄りかかる壁へ金棒を勢いよく体重を乗せ――
「は?」
――れなかった。
最初巨大鬼は力みすぎて地面が凹んだのかと錯覚したのだろう。
強い巨大鬼はそのひと踏みで地面ごと潰せる。
しかし体が傾くという異常事態がすぐにやってくる。
「かっ」
抵抗ができない。
抵抗するための大地がない。
気づいた時には手遅れだった。
「「ああああああぁぁーー!!」」
落下。落とし穴。ブービー・トラップ。
引っかかる方が悪いといわんばかりの落とし穴は大きく1列で飲み込む。
それはあまりにも大きい。
ニンゲンたち正面全部。
穴の幅は巨大鬼が3列は落ちるほど。
底はまるでしんえんのように。
落下した巨体の肉体はそれそのものが自身を苦しめる凶器になる。
落下なんて時間にすれば一瞬だが……
遙か深く暗い底に向かう道のりは永遠にも感じられただろう。
やがてたどり着く底には殺意が込められている。
折れやすい針が伸びているのでも受け止める網があるのでもない。
残念ながらこれは命のやりとりである。
「ぐあっ!?」
「っはぁ、はぁ、生きてい……る……何、これは……?」
正直落下のダメージだけでも骨は折れ鎧は砕けもう立ち上がらなくてもおかしくはない。
「うっ……いでえ……しかもこれ植物の水……? なんだこれ……」
たっぷりと底に注がれていたものは比較的汎用品。
しかしそれを理解すれば助かったはずの希望はたちまち絶望にかわる。
「ぬるぬるだ……ぬるぬる!?」
「あっ、あっ! つかめねえ! これって壁だよな!」
「や、やめろどこ持って……うわっ!?」
「いだっ!? 誰だ今倒れてきたの!?」
「ああっ、立てねえ!!」
そんなに備蓄があるものではないが材料は簡単に手に入る。
歴史もあるし作ろうと思えば簡単にできて。
肌の摩擦抵抗を無くす粘液。
ローションである。
ローションがもうこれでもかとぶちこんである。
アノニマルース含めてマンパワーで簡単に出来た。
そして落し穴は私の地魔法"オペレーションディグ"。
たくさん掘ってその分の土をニンゲン側の防壁に回せばとても楽にてきた。
もし巨大鬼たちが元気ならばローションすら無視して身体能力でぬるぬるの壁と床を這い上がってきたかとしれないけれど。
落下ダメージと集団で取り返しのつかないほどの互いに濡れてしまったのと。
真っ暗なのと戦場であることと準備が出来ていなかったことで。
少なくとも落ちてしまった者たちは最悪あそこで全身打撲かローションによる溺水でしんでいるかもしれない。
そう思うとギャグみたいなものと光景が絶望そのものだなあとなってしまう。
私がやられたらキレるだけでは済まない気がする。
事前に巨大鬼たちは遠隔攻撃兵がいないことはチェックしていた。
他の魔物は別としても主戦力が一気に使い物にならなくなるこのトラップは即刻許可がおりた。
昔から落し穴トラップは得意です!
ちゃんと形もこだわっている。
ゆるく三角になっているのだ。
普通ではできない形でも地魔法なら問題なし。
戦後はともかく彼等はもう戦線復帰はムリだ。
戦後……うん戦後かれら助けるの大変だろうなぁ。
それはともかくどんどん落ちていく……という甘い方の想定に関しては早々打ち破られた。
「……第一陣罠ヲ踏破。第二陣、討滅ぼセ」
「了解。伝令!」
残念ながら指揮系統がまったく混乱していなかった。
人力で罠を踏ませて突破するのはどうかと思うよ。
まあようは弱い兵士に吶喊させたらしい。
人道的見地において問題しか無い方法だが必殺の手を小手先で返されたのは間違いない。
まさしく本隊とも呼ぶべき量の軍隊が前進していく。
大穴は破られた。
転回して左右から挟み撃ちにする気だ。
「前衛、出るぞ!」
「本番だ! さっきの魔法で1回は死なないらしいぞ! 死ぬ気でいけ!」
弟ハックのスキルだ。
最強の強化を複数受けた戦士たちはついに巨大鬼と対峙する。
周囲には仕掛けもたくさん。生き残るやり方もたくさん。
その上で卓越していなければきっと生き残れないだろうと巨大鬼を見上げるプレッシャーが語っていた。
ここからはもはや命のとりあい。
ああ……もどかしい。
いけるのならば私が全部終わらせたい。
けれど私は既に作戦で立ち位置が決まっている……
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