七百七十四生目 開始
命知らずたちはほとんどなにもない空間で向かい合う。
かたや武装したニンゲン。
かたや戦場に似つかわしくない美しい人形。
「私はこの街で兵を率いているもの、マルドリーデだ」
「個体名、NF3778」
「エヌエフ……?」
「名前ダ。軍でハ、ンメル族長、と呼ばれていル」
「……なるほど。なぜか言葉が通じるのが不思議だが、そこだけいきなり通じなくなったわけではなさそうだな。ンメル族長。私は警告に来た」
人形は不思議な事に言語を使い分けられている。
国の言葉を……巨大鬼たちの言葉を……それぞれ。
最初私も違和感がすごかった。
それはまるで私の特技みたいで。
……逆に言えば私が出来るのだ。
この世界の神の力を持つものができないと考えるほうがおかしくもある。
「警告カ」
「そうだ。この先、我等の街が存在する。知らないわけではないだろう。知っていての行軍だろうが……この先に歩みを進めるのならば我々はそれを許すことはできない。全力で排除にあたらせてもらう。そちらの要求はなんだ」
使者と使者が話す。
それはたった1つの事柄を命がけで確認するために。
「要求。決まっていル。街ダ。ニンゲンたちの街ヲ貰う」
「……なぜ?」
「それガわタしの作られた理由だからダ」
「……製造者と、製造者の思惑は?」
「問1、答える権限がない。問2、その情報をわタしは持ち得なイ」
「権限……ゴーレムのコントロールか」
ひえる。冷える。
両者ともに嵐の前の温度感になっていく。
人形はあくまで淡々と。
兵長は奥歯を噛み潰したくなるのを我慢して。
「つまリ、答えハ1つ。軍、構エ」
「構え!!」
ザッと掛け声と共にンメル族連合軍が動く。
その金棒を前に。
身を片め鎧で防ぐように。
「それがそちらの考えということか。残念だ……凄く残念だ」
その声は本当に悔やむような声。
なぜなら兵とは戦う前に勝っているのが理想だから。
こちらの兵力を見せおかえりいただくのが仕事だから。
兵長は軽く腕を振り上げる。
それだけで全員が身構え遠距離から狙う武器持ちが静かに備える。
一触即発の空気。
「でハ、戦場で再び相まみえましょウ」
「こちらとしては、二度とお目にかからないことを祈っているよ」
ふたりの使者がそれぞれの軍へと戻っていく。
交渉決裂。
互いに交渉の余地なしと判断付ける不毛な行い。
しかし彼等が単なる獣未満の縄張り争いによる知性なき者たちとしないために必須の儀式。
なにせここは急ごしらえの戦場。
ロクに最新兵器も準備できなければ国の宝と言われているような懐刀もいない。
泥臭くより原始的な戦場に一時の理性を求めずにはいられなかった。
特にニンゲン側は。
果たして瞬時に行われるかと思った殺し合いは何も起こらなかった。
使者たちは何事も起こらず規定の位置に戻る。
それこそはこの戦地が片側の蹂躙ではないことを指し示している。
戦いが始まる前に熱をあげなくてはならない。
熱でうだらなくては戦いなど始められない。
それが戦いが本当に命のやり取りゆえに。
場の空気が沈黙の中あまりにも過熱していく。
無言で冷えるはずの熱量は下がることなく緊張と興奮によって高め続けられていた。
やがて戦場は……茹だる。
怯えが茹だり殺意に変わる。
登ってきた日が戦場を一瞬煌めかせた。
「攻撃開始」「撃て!」
同時の号令。
巨大鬼たちは得物を振りかざし振り下ろす先を品定めするように前へと進む。
一糸乱れずとはいかないものの高い殺意のにおいをまとったまま一丸となって迫った。
対して所詮臨時とはいえ戦いに備えて随分前からしまい込んであった設置壁があるニンゲン側はその場から動かない。
代わりに大量の矢と銃弾と魔法が飛んでいく。
勢いだけ見るならもはや接近する前に殺し切るほどの。
しかし相手は巨大鬼。
彼等は自慢の肉体と鎧がある。
迫りくる壁とおんなじだ。
普段冒険者をやっているものたちはその光景を目にして息を短く詰まらせた。
止まらない。
動く壁は何もかも跳ね返すわけではなく矢や弾が刺さり魔法は焼いて穿ち闇に飲もうとする。
しかし止まらない。
その巨体にとってかすりきずでしかない。
英雄の放つ直線上全てを穿つ矢も当たるだけで巨体がバラバラになる弾も100の相手を焼く炎もない。
それでも普段1体を相手にしている冒険者たちは巨大鬼の本当の集団戦に驚くしかなかった。
他人事なら舌を巻いて喜べば良い景色も自分たちに向かってくるならば臓物が冷えていく。
シンプルなチャージタックル。
それだけで雨嵐の攻撃幕は突破された。
「ハッハー! 死ねえ!!」
もはや巨大鬼換算であと僅かな彼我差。




