七百三十九生目 国益
「まあ、しばらくはこの国に寄らんようにする! それで良かろう」
「正直助かる。あと、これはまだあんまり公では取り扱われてないんだけれど……」
「なんじゃ?」
「国は、神の力を持つもののことを、越殻者、殻を越えし者って名付けるようにしたらしい」
「それはなんとも……お誂え向き様じゃな」
私たちはニカッと笑ったシンシャに見送られてテント郡から抜けだす。
どうやら言いたいことは伝わったらしい。
シンシャは越殻者として扱われる方がどことなく腑に落ちるかもね。
騒ぎはすでに落ち着いていた。
いつの間にか手を回していてくれたらしい。
話し合いの結果シンシャたちは自主的にこの国へしばらく寄らなくなるらしい。
代替わりするぐらいの間。
つまり事実上の追放刑だ。
実際の所不死旅団は安定した国家よりもいつ死が飛んでくるかわからない不安定な国家間に求められている。
1日分の寿命で明日のパンが買えるならば懇願すらされるような立ち位置でもある。
勝手にぶんどってるのでなんもいえないのだが。
結局その日のうちにテント郡は幻のように消え去った。
大半の魔物たちは消えてからいなくなったことに気づいた。
明らかに異常事態ではある。
けれどあくまで本日のニュースになるだけだ。
なにごともなく善性の存在がやってきてふと消えていく。
そういう日があったとだけみんなの記憶に残る。
「……俺、殴れたな」
「そうだね、そういえば」
「恋じゃあ、無かったんだけど」
「同じだ。結果ならば」
「ふんふん、『恋というアプローチが王道だったというだけであって、相手を想い、想われたという新鮮な関係が、同じ結果を導き出したんじゃあ?』だって。たしかにね、ダカシの心は揺れ動いていたように見えた。つまり、悪魔との交流はそこが大事なんだよ」
「そ、そこ……?」
「感情の揺れ動き。相手と、自分の」
結論としては結局そこだ。
恋は脳内物質をあれこれガンガン分泌した結果感じる感覚になる。
悪魔は恋と言った。性欲じゃない。
性欲は自己完結しているが恋は外部との関わりがある。
その差異はきっと私たちが考えるほど小さいものじゃない。
だからダカシは拳を握れた。
「……なんだか、ひどいやつらだったけれど、大事なことは教われたな。もっと他人と関わることが大事、か」
「もちろん、それだけじゃないよ、ねえ?」
「中へ問え。杜撰な心だ」
「これは『ダカシの心の内側に、悪魔にもっと話しかけて、語りかけたほうが良いよ。心ってのは思ったより誤りや雑なところがあるから、そういったことも考えながらやったほうがいい』だってさ」
「なるほど、なるほど……うん、ありがとう、ふたりとも。もっと話して見るよ」
ダカシの目は遠くを見ている。
けれど一通りの騒動が終わる前よりもどこかしら澄んでいた。
「……というのが事の顛末です。医療技術をさらに導入したから、そこらへんを加味して次の国を決めるらしいですよ」
「……なぜあなた達の街のほうが都よりも医療の思想や技術が先進的と思われているのか、それは今は置いておきます」
私はまたクーランの銀猫ギルドで月組のランムと出会っていた。
ちなみに前回バレたので前に来た瞬間に中から大量の冒険者達が来て拉致られた。
彼等も私が本気を出せば抜け出せるけれどしないだろうと踏んでやってくるのでひとがわるい。
もみくちゃにされてから飲み代をぶん投げて逃げ出してきた。
上位の冒険者が下の冒険者達たちに奢るのは慣例みたいなところがある。
自由を求め個を愛しなんやかんや個性の塊たちが集う冒険者達たちのまとまり方だし還元の仕方でもある。
そして夢の見方でもあるのだ。
まあそれはともかく。
「まあようは、彼等をどうこうするのに頭を悩ませるくらいなら、早く魔物大氾濫対策を打ったほうがずっと効果ありますね」
「言葉を飾らねばそうなるね……受領しました。はっきり言って、ここまで早く接敵するとは、なかなか運が良かったですね?」
「運が悪かったとも言えますが……ともかく、本人たちの内でやってることはかなり心証を損ねますが、じゃあどこまで手を出すかと言われると……」
「移動するローカルの身内儀式まで、わざわざ摘発するにはあまりにも細かいと。そして、やはりいましたか、越殻者」
ランムはペラペラと報告書をめくり読んでいく。
書くの大変だったんだけどなぁ。
「……エクシーダーは世の中にたくさんいるはずです。善性であれ悪種であれ、常識外でまあれ」
「出来うるなら国益になってもらいたいですね」
あなたのように。
そう言外に言われた言葉が目線で届いた。




