七百三十六生目 邪神
銀に溶けた化け物のようなテク。
そしていつの間にか聞こえなくなっていた悲鳴。
そのかわり聴こえるのはもはや何かの音。
不気味な者が低く震えるように。
まるで地獄からの呼び声かのように。
顕現するのはこの世に求められ拒まれているように。
テクはもはや原型をなくして膨れ上がっている。
私たちは何が来ても良いかのように身構え……
私たちを襲い来る突風に身を屈めた。
耐えられないわけじゃないけれど……!
少しうっとうしい!
無情にも変化はまたたく間に行われていく。
水銀は徐々に人型を手に入れていく。
テクのような幼さが消えるシルエットが生えていき。
かわりに雰囲気はどことなく前のシンシャに似てきている。
「――ッハ」
呼吸音。
口が僅かに水銀から逃れる。
人体に沿って服も形成されていき。
水銀は徐々に割れた肉体の内側へとしまわれていく。
間違いなく体は成人男性の者。
シンシャは女性だったはず……
水銀はその衰えだしてもなおハツラツとした肉体を生み出していく。
たくさんのピアスが体のあちこちを穴に開け……
短く開けた服装は若さを演じつつも高級そうな生地が落ち着いた雰囲気すら出す。
トランスというのはどことなく全てに言えることだが神秘的だった。
美しく強く一瞬の輝き。
進化もそうだ。
ならば目の前のこれは何か。
何かを想定する前に来る生理的嫌悪感。
こんなものをのさばらせておいていいのかという警告が脳内に鳴り響く。
それがどれだけ異常なことか!
それでも何もできず完成していく。
完成されてしまう。
水銀はヒビの中に仕舞われチャックが上から撫でるだけで取り付けられた。
そして閉じる。
あたりの圧が急に消えた。
「終わってしまった……」
今殻を越えてうまれし者。
なるほど越殻者とは外から見るとココまで気味の悪いものだったのか。
さっぱりとしたのかそれとも苦しみから抜け出したからなのかテクは……シンシャは顔を振ってこちらを見る。
もはや面影すら薄い両眼がこちらを見抜いた。
「別に君らには未遂だしボコられる筋合いないよね、はい、撤収撤収。あのクソ蛇も力使い果たしたし今世のうちは出ないしな」
「「は?」」
え?
一気に空気が弛緩した。
「何? まだ儂に何か用? めんどくさいなあ……」
「めんどくさがるなあぁーー!!」
またダカシのストレートが決まったのは言うまでもない。
場所を移動して。
「どっこいしょ」
テクだったときには一切言わなかった動作言語を言い族長の椅子に座る。
既にシンシャだということだろう。
それとクセで"観察"をしたんだけれど……
[シンシャ 顔の無い神の1柱。自らの凝固した神力を飲ませることでかりそめの寿命を操る。見てくれの年齢操作を操るが心眼で中身を見ると破綻する。人に歳を与え、自身を保護させる]
「か、顔のない神ー!?」
「ど、どうしたローズ」
ダカシが困惑しているがそれどころじゃない。
まさかの……まさかの。
散々苦しめられた顔の無い神……!
それだけで頭を掻きむしってかがみ込みたくなるが我慢だ。
ものすごい我慢。
顔の無い神相手に油断は一切できないのはこれまででわかっている。
テクを飲み込みまぬけとも言えるほどにポカーンとした顔をしているシンシャ。
しかし実態はニンゲンの欲望に近いからこそ5大竜とは全く違う被害をもたらす。
「何、君ら……いやこの感じ、ローズオーラだけかな? 複数の顔の無い神に出会ったことあるの? ……運悪いの?」
「自慢じゃないけど運だけはまったく自信がないかな……」
悪運は強いかもしれない。
ダカシが深刻な面持ちで口を開く
「テクは……どうなったんだ?」
「ん? いや、死んだのはシンシャであって、テクは死んでいないぞ。死んだ前のシンシャを悼んでくれな。彼女と儂は一応は別の存在だ。ちなみに呼びたければテクと呼んでくれても構わぬぞ」
「戯言を!」
「のっといておいてなんていいざまを!」
「あーうん、ちがうちがう、マジなのマジ。あれだな…あれあれ…ほらよくなんか神話とかである、神になる時にすっかり性格とか身体とか変わるあれの変則じゃからな。システムの説明は面倒だからリュウあたりに聞くとよいぞ、アイツは話したがり屋だからな」
そこでまさかリュウの話が出てくるとは……
私の顔が変に変わったのをみられたのかふたりがこちらを見つめる。
「……知り合い?」
「知り合いとカウントしたくないほうの存在かな……顔の無い神っていうのは、なんと言えば良いのか……邪神、うん。邪神」
「ただのおじさん捕まえて、邪神はひどいじゃないかぁハハッ」
邪の気も感じさせないような朗らかな笑みをシンシャは浮かべた。




