七百三十二生目 不死
ダカシが不安げに顔を曇らせる。
自分を押し上げるように褒めてくれてたくさんの奉仕活動もしていてくれて。
そんな彼等が寿命を吸い取る悪徳家なのが信じられないと。
しかし私がうそを言っている様子もなし。
困惑するしかなくなってしまったらしい。
「迷うな、今は」
「コレは『敵を前にして迷う時間はないから、今は悩んでて』だって」
「……うん」
会話短くすぐに目的のテントへとたどり着く。
この先からテクの気配がする……
例の幹部たちが集まっていた巨大テントだ。
中に入ると彼等の生活を思わせる雰囲気に目を走らせつつ奥へと向かう道を見つける。
そっと捕まえてたふたりを置いて先へ進んだ。
「……うん、俺が見て、決めるよ」
「それでいいと思う。むしろ、ただの一面だけで全て悪って言うものでもないし、全部が善というわけでもないのだろうから」
「ああ……」
奥へと踏み込んでいけばそこにはひとりの影。
倉庫らしき奥にいた。
「テクさん! 実は……!」
「知っています、シンシャ様がお隠れになられたのでしょう?」
「知って、いたのか!」
ダカシの目が困惑に揺れる。
私も似たようなものだろう。
てっきりテクはここに反撃のためへ戻ってきていたのかと思ったのに。
テクは奥の暗がりに手をかける。
なんなんだろう……?
巨大な箱が鎮座している。
それはちょうどニンゲン大くらいのサイズ。
移動し続ける彼等にとってどうみても大荷物。
家にあっても邪魔すぎて片付けるように言われること間違いなし。
「ここに仕掛けがありまして、シンシャ様がお隠れになられると単純な仕掛けで鍵が解除されるのです。さて……銀の聖杯、続きの隠された話をしましょうか」
テクはこちらに表情ひとつすら見せず背中を向けている。
私たちも迂闊に踏み込めない空気が流れていた。
ただこの感情のにおいは……
「銀の聖杯の……年を取らなくなった種族の話の続き? 確か、色々聞いたことを合わせると、銀の聖杯を扱う種族というのは、あんたたちなんだろう?」
「そう、我らは古代エルフ……神の子」
ちなみに"観察"した限りそういった事実はない。
ニンゲンだ。
ただ……そう思い込む何かはシンシャがしていたのかも。
テクの言葉はよどみなく続く。
「銀の聖杯も、ほとんど事実です。我々は他者に奉仕するかわりに、彼等の寿命を神を通して貰っていた。あくまで人間たちだけですが」
「なぜ、そんな……どっちつかずなことを!」
「ダカシ殿、貴殿にとって我々が単なる善人であればよかったですか? それともただ斬れる悪であれば? しかし、我々だって永く生きたいだけなのです。世界を混乱に貶めようとか、なんなら苦しんでほしいとも思ってはないのですよ。永い時の中で多くのものと関わりたい。その一方で欲も抱く。果たして、それがどれど糾弾されることでしょうか?」
「だが、無断で寿命をとるだなんて、そんなもの、毒を盛るに等しい行為だ!」
「勿論。ただ、誰だって命をいただいて生きているものでは?」
「偽善者め、外見を取り繕うのだけ上手く歳をとったと見る」
「……いまの意味は?」
え? ああダカシが聞いたのは今のグルシムの言葉の意味かな?
「割とそのままかな」
「これはそうなの!?」
「偽善者結構、露悪的に生きても楽しくはないのですから、ねえダカシ殿」
「……!」
「さて、話の続きです。銀の聖杯は不老を齎してくれました。しかし何かの事故で死にはしてしまう……」
ダカシの本質は剣士ではない。
獣らしさでもなければそもそも戦いの民でもない。
そして針子でもなければ血で血を拭うおぞましいものでもない。
ダカシの本質は……何でもできること。
ひとりでできる範囲が異様に広い。
器用さが圧倒的なのだ。
2つの剣を振るい魔法を放つのもそもそも器用さゆえだろう。
子供のころ故に成長過程で肉体が仕上がっていないため……
ただ単に膂力ではなく器用に立ち回る必要があった。
私と一緒にいる時剣士に徹するのは私が器用貧乏ゆえだ。
私とダカシの器用な範囲は絶妙に触れ合ってはいるがかぶっていない。
そしてダカシの器用さは自身への懲罰的な側面に用いられている。
ダカシは嬉しそうにしたり笑顔を見せようとしてもそれがすぐに消えてしまう。
器用ゆえに不器用。
結局恋せよという話はおそらく極論そこに行き着くということである。
悩みでも阻害されるとダカシの悪魔が言っていた。
ダカシに必要なのは……心が揺れ動くということだ。
「さて、この箱にありますは我々の秘宝。詳細は族長のみに伝えられるもので、死すときに開封できるようになります。そして、新たに開くは幹部の者のみが知っている開封法を使う者のみ……神が託したもうひとつの宝、『不死』の力!」
ガチャリと枷が重く外れた音がした。




