七百二十九生目 水霊
湧き上がる神の気配。
吹き飛び腰から落ちるシンシャ。
驚きのあまり逃げ惑う幹部たち。
シンシャはおそらく……小神だ。
だがこの場を支配するエネルギーは……神域はシンシャのものではない!
たゆたう湖の水1つ1つが濃厚な気配へと変貌していく。
「Laーーー……!!!」
歌うように響く叫び。
ニンゲンのそれではない独特な美しさ。
しかし同時に畏怖すら味合わされる。
水だ。
水がそのまま形をなしたのだ。
まるで魚のような竜のような。
むしろいっそのこと化け物になったタツノオトシゴとでもいうべきか。
あんなタツノオトシゴはいない。
ともかく水だけで出来たナニカだ。
"観察"!
[ニュムペLv.21 比較∶少し強い(特殊) 危険行動∶水泡の檻]
[ニュムペ 水の小神。水のエレメンタルの格上的存在であり、ニュムペは多く存在するが同時に1つである。それは、水と同じ形は時と器に寄って変わる故に]
か……神だ!
こんなところに神が潜んでいただなんて!
いや正確には潜んでいたわけではないのかな。
この説明どおりならば普段は水と共にあるだけだ。
今揺り起こされ集ったと考えたほうがよさそう。
シンシャたちは波で溺れそうだ。
肝心のニュムペは表情が読めない。
だがそれでもわかることはある。
この不機嫌な波動だ。
ニュムペから不可視の波動が全体に放たれていて思わず身じろぎしてしまうような気迫。
殺気と言い換えてもいいかもしれない。
『ついに……』
念話だ。
なるほど時と器に寄って声を変える……
私が話しているような声に聞こえるのにまるで別人みたいだ。
「な、なんだ!? 某の声が……」
「私には、私の声に聴こえる!」
「おわわ、あわわわ……!」
「あ、あがぁ、こ、腰が……!」
『ついに顕現できる場所まで来たな、貴様ら! 追い詰めたぞ……! 毎度毎度、我が水の領域を、貴様のコレで犯しおって!!』
ニュムペが水の中から何かを持ち上げる。
さっきの水銀が水塊の中に集まっている。
シンシャが痛みで青くしていた顔色がさっと苦く変わって腕を引き込む。
すると水銀たちがふわりと浮きシンシャのジッパー内へとしまわれていく。
なるほど……神力を感じたけれど自力操作できるんだ。
あれなら飲水まで動かせて誘導できるだろう。
「ほ、他の神がいるところは避けていてたはず……なぜ……!」
『そうであろう、そうであろうな……そもそも妾が顕現できる場所は限られておる。なのに、そこで手ぐすね引いて待っていたら、きれいに避けてゆく……今回は随分焦っていたようじゃな? 妾以外に視察されていたか? そこの者のように』
「何!?」
「わっ!?」
私の足場から突如水の魔法が溢れる。
運ばれるように表へ出されてしまった。
「ローズオーラ殿!?」
「だ、誰でもいい、こ、腰が抜けて……」
一気に私も当事者にされてしまった。
いやこれどうしよう!?
そうこうしている間にもニュムペはシンシャたちへと敵愾心を降り注ぐ。
「まさかつけられていたなんて……」
「サリエ殿、テク殿、不埒者に気をとられている場合では! 来ますぞ!」
不機嫌な波動がより一層強くなる。
テクが慌ててシンシャに組み付いて引っ張り上げサリエやタナトは急いで呪文を唱える。
そこで。
『邪魔立てをするな! あのような毒を混ぜて汚す者共が……あれは触れたものの齢を奪うのだろう!?』
「なんだって!?」
水の場で水の神に挑むということがどういうことか今目の前で繰り広げられている。
そしてニュムペの解析通りならばその力は凄まじい。
他者の年齢をいじれるというのなら……それは聞いていた銀の聖杯の力以上のものになる。
しかし相手は水。
水でできた神の年齢なんて奪えるはずもないと。
たとえ奪っても意味なんてなさそうだし。
そしてニュムペの激昂と共にタナトとサリエが巨大な水泡に包まれる。
それだけで準備が万全ではなかったふたりの抵抗が一気に不可能となった。
一応雷撃やら氷が飛び出るもののそもそもあの水泡と格が違いすぎる。
あれは神力の塊……間違いなくニュムペの一部だ。
ニュムペの体を突き抜くには神力
を伴うか大きめの力を叩きつけるかワープして切り抜けるか……
どちらにせよ既に失策だったのは明らかだった。
『フンッ』
ぷかりと浮かんだところで包んだ水泡ごと壁に叩きつけた。
派手な破裂音と共に陸へふたりが打ち上げられる。
……大丈夫生きてはいるようだ。
それもそのはず。
溺死なんて待っていたら必死にテクが移動させているシンシャに間に合わない。
『邪魔だては、するなよ』
ギロリとこちらをにらまれた気がした。
ミズ……コワイ……




