七百二十五生目 夕刊
テクは初日の気がこわれる寸前で耐えていたかのような顔が印象的。
しかし今ではすっかり顔色がなおっている。
いや本当によかったな……
ダカシたちと共にアイスを買って食べた。
「やっぱまだ惚気より食い気だなあ」
「なるほど、恋の力がいる、と先程仰ってましたね。某自身にはどうも難しいのですが……」
「そもそもダカシの場合、もっと他者と交流するところからかなって」
「ならば、我々の旅団に遊びに来るのはどうですかな? 門戸は皆様にも解放されているゆえ、ぜひに」
「それだったらお言葉に甘えようかな」
「俺は帰る。不愉快だ」
「うーん、別にグルシムがいてもみんな嫌がらないとは思うんだけどね。まあ、今日は力を借りたかっただけだしね」
グルシムの炸裂した誤解失礼語はともかく。
そう……旅団は普通に一般的な立ち入りは禁じられていない。
まあだからといって明らかな生活圏なためみんな遠巻きに見ているのが現状だけれども。
グルシムとわかれたあと街の外にきた。
不死旅団の張っているテント群がみえる。
未だ細かな整理やらちゃんとした手入れそれに管理や食事などやることはたくさんなためせわしく動き回っている。
こうやってみるとやはり怪しさが薄い。
だからこそ慈善団体だと見逃されてきた。
別にフード被っているくらい宗教やら教えの関係でさらに怪しい格好のも珍しくないし。
「今の時間帯なら……いたいた」
「おや……? テク殿ではないですか? そちらの方は……」
「タナト殿、彼女はローズオーラ殿、そしてダカシ殿だ」
1つのキャンプのなかに案内されると案外広い室内には複数名いた。
うちひとりがテクに声をなけてくる。
確かタナトって幹部のひとりだったよね?
このテントでは大量の布と針を通す作業員たち……つまり針子さんたちがたくさんいた。
チクチクとこちらに気づいても手を止めずに縫っている。
正直縫い物なんて尽きないほどにあるだろうしね。
「よろしく」「よろしくおねがいします」
「これはこれは。わたくし、タナトと申します。裏方を担当させてもらっていまして、こうして手先口先で生きてきた、チンケな男です。どうぞ、記憶の片隅に」
過度なほど謙遜しながらもその目は一切弱くない。
自信満々な礼をしてこちらに向き直った。
ニコリというよりかはニヤリって擬音をつけたくなるんだよなあ顔。
「タナト殿、彼らは見学ではあるが、実はこのダカシ殿は会話相手をご所望でな……」
タナトは耳を近づけテクがゴニョニョと話す。
いや話していないな……目が口の方に向いている。
器用だけどこれ口読みだ。
手で覆っててこちらには一切情報を渡す気がないらしい。
「なるほど! でしたら、我々と共に針子を体験してみませぬか?」
「針子を? できなくはないけれど」
「私も……」
「同じ作業をして場を囲めば自然に会話が起こるというもの。さあさ、こちらに道具がありますぞ?」
そこからはテクが「用事がある」とのことで席を外す。
私とダカシそれにタナトや針子たちとチクチク縫っていく。
補修からはじめ作製やら必要品の作成やら。
日常を彩る飾りも含めてやることはたくさんあった。
タナトが中心に話を振りダカシがうろたえながらも受け答えしていく。
さらに。
「おおっ、仕事が早いですね!」
「針の通し方が丁寧ねぇ〜」
「おっ、糸の選ぶセンス良いね!」
「このデザインおしゃれー!」
とまあダカシに対する褒め殺しがあちらこちらから。
最初の頃は完全にドギマギしていたダカシだがさすがに少しずつ気分をよくしていく。
なにせダカシ側が静かに針を動かすだけで褒められるのだから悪い気はしないだろう。
なんというか自己肯定感を養うセラピーでも見ているかのようだ。
当然テクの……ひいてはタナトの指示だろう。
その日の作業を終える頃にはダカシの眉間にシワがすこしなくなっていた。
私? 私は手を使った作業そのものは少し苦手なのだ。
イバラ使っていいなら別なんだけど5本指前提のニンゲンたちの針縫いはどうしてもなんとなくランクが下る。
もちろんやれないことはない。
これでも冒険者だからね。
ただ今回はダカシの接待コースだからね。
それにダカシ自身もずっとひとりで生きてきた。
明らかに上手さはちゃんとあったのだ。
それから数日はたいした動きはなかった。
ダカシはあしげなく針子に通い私はテクと歩んだりあちこち潜んだり。
動きはないが情報は集まっている。
もしかしたらそろそろかな……
そう思っていたら夕方に速達がポストに投げ込まれた。
うちは夕刊とってないよー。
なんて。
この時に来る書類など数少ない。
特に今日は……




