七百二十二生目 空腹
「しかし、お前に挨拶をされる筋合いはない。礼儀を知らぬ幼子のようだからな」
「何……!?」
私はめちゃくちゃ困っていた。
そうだった……と。
グルシムはこの見た目の恐ろしさと何を言っているのか初見ではまったくわからない言い回しがとんでもなく誤解を抱く塊なのだと。
ダカシが魔法を発動させながらグルシムに向かっていくのを見送っていた。
ほんのわずかな時間だけれどもこういう時無駄に体感時間長いよね。
なお。
「あっ!?」
つかもうとした瞬間それを攻撃だと自動認知したグルシムはバラバラの影になる。
小さな影鳥たちはダカシの背後で収束した。
まあぶっちゃけ効かないんだよね。
よしここだ。
「はいはいー、彼を紹介しに、ここまで来たんだよ。この家にね。さっきのは、軽い挨拶で大丈夫だよって言っていたよ」
「家……?」
「不快さを奏でる口すら閉じられないと。失礼、ゴミにかける言葉はないな」
「は!?」
「今のは……あー、ごめんだってさ。グルシム、とりあえず続けて」
「いやいや?? 何がどうなって!」
「光なき場所にこそ俺は、ゆえにこそ我が家は常闇」
「なんて??」
いきなりまあまあの難易度をぶつけられてダカシが怯む。
まあようは……
「ダカシ、彼は神さまのひとりでグルシム。グルシムのもともといる場所はここみたいに暗くてね、分神で現れるときも明るい場所よりも暗い場所がよくてさ、家という形で人工的に彼を奉る祭壇を、闇の神殿をここに建ててあったんだ。ここは直接グルシムが来られるように魔法的に繋いであるからさ。で、そんな暗い場所にわざわざ来てもらってありがとう、ちょっと見えづらいけれどゆっくりしていってねって、言っているんだよ」
「圧縮言語!?」
「…………」
グルシムが視線を投げかけてきたがなにも言わずにダカシの方へ向き直る。
暗闇の中はよく見れば質素な作りながら非常に儀式的だった。
見るものが見れば深い谷のどこかにあるとある鳥神を奉ったものだとわかるだろう。
さてあれこれ会話を交わしつつ。
ちょっと落ち着いてきたころを見計らう。
「それで、彼を紹介したのは理由があって……」
「そ、そうだった。神様、すまない」
「手向ける謝罪など、価値もない」
「自分みたいな神様は別に拝んでも価値なんて無いから、わざわざ謝ったりする必要はないよ、だってさ」
「わからん……」
「ともかく、彼が悪魔に対してコネクトできるかもしれない。なにせ、グルシムは呪い、反転、そしてあの世……なにより、当の神ができるといってるのだから、まあできるでしょうと」
「既に観ている」
ダカシはグルシムの鋭い目に気圧され1歩後ろへと歩む。
めっちゃ怖いからね。
……? グルシムの中から何やら神力で出来た紐みたいなのが出てきた。
一瞬たわんでからシュッと勢いつけてダカシへと飛ぶ。
「あっ」
「ん?」
ダカシは気づいていない。
本来はダカシも気づかなきゃならないはずなんだけれど……
伸びた紐はダカシの頭へと届く。
すると首周りに引っかかってぐるりと巻き。
グルシムがキュッと引っ張る。
するとダカシが突然足を崩して全身が脱力した。
「ダカシ!?」
「来るぞ」
「何が……わっ!?」
ダカシの体が揺れたかと思うと突如全身から神力を感じる。
これは……!
もしや悪魔が目覚めた!?
体が再起動するように立ち上がってゆき神力が揺らめく。
やがて収まって行き無駄な放出がなくなった。
こちらへと顔が向く。
「寝ていたのに……起こすとは誰……?」
声色がダカシじゃない。
同じ声帯から出ているはずなのに男性がよく出すダカシがやる声の出し方じゃない。
なんとなく甘ったるさがただよう。
動きもふんわりとしていてダカシのような形とは違った。
悩める乙女みたいなポーズだ。
「キミがダカシの中にいる……?」
「ん、ん? そう、私が悪魔。ダカシの悪魔。まあややこしいから、私もダカシでいいよ」
ざ……雑!
本当に良いのか彼……彼女? は。
グルシムはそんな混乱をよそ目に続ける。
「戯言を、なぜ居着き苦しめる」
「あっと……あなたはなんでダカシとしているのに、普段寝てて、しかもなにかそんなに苦しそうなのはなんでですか、初対面でいきなりこんなことしてしまったり言ったりしてごめんなさい、だそうです」
「そ、そう……それがさあ、だっっっるいんだよね……私、もうダルダルすぎて、しんどい! このままだとまずいかもと伝えようとしてもうまくいかないみたいだし、対処方法が見つからず半分休眠状態になっちゃってて……私、多分魔王との戦いで力を使い果たしちゃったのよね。普通なら供給されるはずの力も、なかなかなくて。つまり……おなかが空いたのよ」
空腹……? どういったことなんだろう。




