七百二十生目 祭典
ダカシとの組み手がひととおり終わったところで声をかけた。
汗が吹き出て布で拭い去る。
「悪魔の様子って、どう? 魔人になった後、どうなったか気になって」
私の結論はもうほぼ確定していた。
ダカシが戦えないというよりは……
本来は完全に一心同体であるはずのもうひとつの心である悪魔側。
わかれた心が不具合を起こしているとしか思えない。
ダカシは少し思案を巡らせるように目を傾けてからこちらを向く。
「それが、よくわからないんだよな。昔は不意に意識に介入してくる感じがあって、むしろ邪魔なくらいなんだが……今はこっちが呼びかけても静かすぎる。俺としては助かっているけれど、それはそれでなんとなく不気味なんだよなあ」
やっぱりそうか。
私の中にいる心は結局どこまで行っても私という1つの側面を強調しただけにすぎない。
対してダカシのはどれだけ混ざりあったとしてしっかりと2つ。
そういう融合合体ではない限り悪魔の意識が存在する。
そしてダカシは存在そのものは認識していて……
そのうえで応答しないのだろう。
「悪魔が意識を失っている……とかではないんだよね」
「まあ、そうだろうなあ。そもそも俺が聞きに行こうとしたとき、手応えはあるんだ。ただなんか、反応が極端に薄いというかさあ、鼻息鳴らすみたいな反応はするけれど、あの魔王との戦いみたいに力が来ないんだ。なんかなあ、前より距離は近くなったし、むこうもはっきり意思らしきものが見えてるんだが、それでなんだか変な気分になっていてさあ
」
「変な……気分? モヤモヤするみたいな?」
「それに近いかなあ。なんだか最近、変にドギマギすることが増えて
、それを意識すると、なんだか俺の中の悪魔へ意識が向くというかさ。ちょうど、さっきローズと取っ組み合っていた時にもなぜか感じていた。また診てもらうかな……」
……んん?
そういえばダカシの中にある悪魔の大本は月の1柱に該当するラヴという神だっけか。
山羊型で清潔と汚損を司っていた。
果たしてダカシの中で育った姿がどうなるかはわからないが……
元の神は絶大な精神作用による支配能力に強かった。
全然清潔と汚損っぽくはないがつまり清らかであれドロドロであれ……ってことなのかな。
心の関係性を体の関係性をと問う力ならばまあ納得はできるかもしれない。
それにしてもだ。
もしかするともしかするのか?
「他には、どんなときに?」
「誰かと会話している時が多いな。あ、不思議とアカネに話をしているときなんかは平気だ、あと年が離れていても平気かな。魔物たちはだいたい平気かな」
さっき私は取っ組み合うために2足歩行型になった。
その影響はあるかもしれない……
ダカシが対人にたいして感情が揺れ動くのは良い。
正直遅かったぐらいだ。
まあそれは過去の影響だけれど。
ただ悪魔と繋がるのならば単に良いことで済ませて良いものでもないだろう。
だと言うことは……
おっと。
テクが歩いてここまで来た。
誰かから居場所を聞いてきたのだろう。
むこうから仕掛けてくるとは思ったがここまで早いとは。
せっかくダカシの不調原因が明かせそうだったのに。
多分ダカシの中にいる悪魔が原因だ。
意図的に力を貸していないかはたまた力を貸せない状況にいる。
二心一体の状況でそれでは二人三脚で駆けようとしたらそのままコケるようなもの。
どうにかして直接話を聞けないだろうか。
そうこうしている間にテクに失礼にならぬよう私は立ち上がる。
なんとなく察してダカシも立った。
彼はこちらを見つけるなり笑顔だが目に力が入っている。むしろ入りすぎていた。
「ローズオーラ殿、探しましたよ! 今日こそは我々の実力を知ってもらうために、付き合ってもらいますよ!」
「うん。彼……ダカシも一緒でいいかな?」
「ええ、ええぜひ。人数は多いほうが良いですね。ダカシ殿も是非どうぞ」
「ええっと……もしかして昨日街に来た慈善団体の?」
「ええ、某はテクと言います。宜しく」
ダカシは何も知らない。
偶然だけれどもしかしたら知らないことを武器にできるかも。
3にんでまずは案内される通りに移動することにした。
案内された先は門近くの広場だった。
そこでは……
「いらっしゃーい! マイコ牛の串、あるよー!」
「世界各地の民芸品、いかがかね?」
催しが行われていた。
広場は許可さえとれば割と誰でも会場として利用できる。
不死旅団はどうやら手持ちの海外品をふんだんに使う決意をしたらしい。
「酒! 世界の、酒だー!!」
もはやお祭りみたいな騒ぎになっている。
まあ祭り上げる対象が無いだけでまつりではあるだろうか。




