七百十九生目 半魔
ダカシはどうやら家から閉め出されているらしい。
それで時間つぶしにふらふらとここにやってきてしまうあたりは根が未だ修羅の時代に染み付いたものが残っているのだろう。
ただダカシは……
「よし、とにかくここで話していても仕方ない。中に入ろうか」
「……そうだね」
訓練所はあいも変わらず殺風景というか質実剛健というか。
華やかさとは無縁の雰囲気が漂っていた。
もうちょっと色を取り入れてもバチはあたらないと思う。
それとも魔物たちが色とりどりだから別に問題ないのだろうか?
それはそれで別の問題はある気がするけれど。
ともかく。
私とダカシで柔軟体操を行う。
ふたりひと組で行う体操はもはや手慣れたもの。
ダカシは前まで4足歩行だったからやり方は変えるけれど。
よく伸び切ったあと私はダカシと共にカカシの前に来る。
いや本物のカカシじゃなくて木獣とも言うべき攻撃用に作られた品だけど。
……あれ? ダカシも付いてきた。
「ダカシ……?」
「その……俺も、やらせてくれ」
ダカシは片手に剣を持つ。
元来の2刀流使いだから片手はフリーだ。
だけれども……
ダカシは木剣を軽く振りカカシへと立ち向かう。
相手はまさしくでくのぼう。
しかしただよう雰囲気は剣呑としていて訓練とは思えない。
「今日は行ける気がするんだ」
今構えが固まりダカシが集中する。
息を呑むのすらためらう一瞬。
ダカシが得意な距離での踏み込み。
本来は高等テクである飛び込むような1撃をダカシは元来から得意とした。
ぶっちゃけていえば獣の狩り。
1撃で決める暗殺の手口。
乗った威力は十分。
今重々しく刃が振り抜かれ。
「っぐぁ!」
木剣が空を待った。
持っていた左腕を右腕で抑えるようにしてうずくまる。
……まただ。
もちろん反撃されたわけではない。
剣はただしく振り下ろされた。
それでも手から剣が離れたのだ。
……彼を今襲っている症状。
それは戦えないというものだ。
ホルヴィロスによると正確には病気ではないらしい。
肉体が戦うのを拒否して腕が麻痺するように動かなくなり。
痺れるように剣をとりこぼしてしまう。
朱竜戦のときアカネがいてダカシだけいなかったのは彼が臆病づいたからではない。
むしろアカネのためならば彼はどのような剣でさえ振るってきた。
その代償というべきか。
彼の復讐は今は終わっている。
剣に乗せる重みはもうない。
彼が経験にしてきた怨嗟は今牙を剥き彼から剣を奪ってしまう。
つまるところ精神性に起因するものだった。
「もう一度……グッ!?」
振り返って見れば間違いなく血の道だっただろう。
犠牲は少なくない。
本来はそれだけでどうこうはならないが……
彼はおぞましいほどの無邪気さを手放し理性と後付で得られる知識を手に入れた。
いのちの尊さを理解しているようでいて家族愛でしかなかったところを知識で世界を押し広げられて。
ダカシは復讐という言い訳を取られた時にもはや剣を握る力はなかったのだ。
私とダカシが戦った最後の時がまともに剣を振るえた最期。
何度もやっても手を変えても両手で握ってもだめだった。
さらに悔し紛れに振るった拳はカカシにたどり着く頃には弱々しい力しかなかった。
ただホルヴィロスはこうも言っていた……
彼自体がかなり特殊な状態になっていると。
「付き合うよ」
私は申し出てカカシではなくダカシに向き合う。
……ダカシは半神半人の状態だ。
しかしあくまで悪魔憑きを取り込んだという状態。
悪魔には大本の悪魔とは違う独自の力が宿っている。
意思もそうだ。
原始的な思考しかしない力そのものの思考が過程で成長していく。
そしてダカシと正式に融合した悪魔だがダカシの中に確かに居続けている。
つまり理論上ダカシは神の力を操れるのだ。
ただしダカシからは一切神力を感じない。
本人も聞いたところまったく神力を感知できないらしい。
馴染んでいないとか浮いているとか言われる状態らしいけれど……
勇者グレンくんのエネルギー熱に浮かされた状態と違い放置していても治らないのが厳しい。
根の原因はダカシそのものにある。
戦わなくてもいいとは今は言えない。
ダカシは唯一の肉親が自らの破壊衝動を抑えに戦場にいくときに駆けつけられない悔しさがある。
だから今その思いの丈をぶつけて……
やはりだめだった。
なので形をとりあえず変える。
互いに無手で向き合い近距離に詰め取っ組み合う。
今の所直接的な加害は難しいけれど組技や投技はできるというのが発覚していた。
逆に言えば腕に異常はないということになる。
ダカシはあくまでニンゲンだ。
悪魔を宿したニンゲンだ。
魔人となった今でも大枠ではそれが変わらない。
おそらくはそこに答えがある。




