百七十六生目 帰宅
「あー! 負けた負けた! ははは!」
「ようし、勝った」
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私は互いの身体を治療して模擬戦の後片付けをしていた。
イタ吉も笑いながら片付けている。
私も笑う。
そこにはわだかまりなんてなくて。 イタ吉は悔しそうに笑い私は思わず緩む笑みがあるだけ。
少し距離が近づいた気がした。
私はこれまでの旅の話をしてイタ吉はここでの活躍を話し面白おかしく話す内容に笑いあった。
イタ吉は順調に活躍しいろんなチームを転々として名声を上げ資金繰りも良くなってきていたらしい。
よく肉を食べられると喜んでいた。
一通り話し終わって片付けも一段落つきそうなころ。
「ねえ、イタ吉は出会ったころのこと、まだ覚えている?」
「さあ? あんまり覚えてないや! あんまり大事じゃないんじゃないかな?」
「そっか」
イタ吉は常に私に勝ちたがっていた。
いや今もそれはかわらないんだろうけれど自身を追い込むほどに強く。
どこかにある恐怖の記憶を振り払うために。
イタ吉も私も今初めて呪縛から解き放たれたのだろう。
だからふたりして笑顔なのだ。
「なあ、俺もお前のとこに遊びに行っていいか?」
「いや来たら働いてもらうけれど、どうして?」
「……いやあさあ、俺はトランスして強くなったのは良いんだけれど、もう俺にとってこの街は小さすぎるんだよ」
「ああ、確かに」
1m未満の魔物が多くをしめるこの街で直立したら1,5mあるトランスしたイタ吉は大きすぎる。
かなりの建物にも入れないだろう。
まあ、それ以外の問題もあるのだろうけれど。
アレだ、イタ吉の活動欲を満たし強くなるための方法としてはここでは限界が見えたのかもしれない。
私は詳しく知らないがイタ吉の話を聞く限りはそう聞こえた。
仕方ないのだが日雇いギルドは街のなんでもやであって良くも悪くも依頼をこなす日々だ。
危険な依頼は常にあるわけではなくてむしろ少ない。
街で日々暮らしていくためのちょっとした不満を解消するのが主な仕事だ。
しかも人気の依頼は取り合いになる。
大抵はそこまで力や頭を活かす仕事ではなく淡々としたものだ。
もちろんそれに充実さを見出す者は多いがイタ吉は冒険がほしかったらしい。
まあそうだろうね。
「家を買う夢は良いの?」
「お前のところでも立派なのを買って、ここにも買ってやるさ!」
夢が贅沢になっている。
自らの将来に手を抜く気はないらしい。
「じゃあイタ吉に冒険者ギルドでも立ち上げてもらうかなー」
「冒険ギルド? 面白そうだな!」
「どちらかといえば、面白くするんだよ、イタ吉の力でね」
「ますます面白そう!」
星空が見守る中でふたりの笑い合う声は魔法の光とともにふいに消えた。
さっきまでのところが夜ならこっちは昼と。
荒野の迷宮に到着!
イタ吉を連れてね。
あの後イタ吉の荷物を回収してともに"ファストトラベル"で飛んできた。
ってすでにイタ吉は近く居ないがな。
「おおおお!! ここかぁ!! まだ全然だなー!! 俺もやるぞー!!」
「え、誰!?」「侵入者!?」「誰かー!!」
ダメじゃないか!
イタ吉ってわかる方がレアだろうからな!
なんとかかんとか双方を落ち着かせてから話をする。
みんななんとか納得してくれて各々帰ってくれた。
まったくお騒がせなイタ吉め。
「じゃあ、ちゃんと私についてきてね」
「ほいほいー」
イタ吉を私の背後につかせて歩く。
さすがに私と共に歩く姿を見て新しく顔を覗かせた魔物も様子を見守るだけだ。
アヅキも文字通り飛んできて降り立った。
「主、おかえりなさいませ」
「ただいま」
「ところでこの魔物は?」
「イタ吉だよ」
「おう、久しぶり!」
「なっ……」
イタ吉は気軽に話かけアヅキは一瞬驚くものの小声で何やら呟いて思案してから頷いた。
どうやら納得してくれたらしい。
「なるほど。何の用でここに来たのだ?」
「俺もここに住むことにしたんだ」
「むっ、ふむ……であればきちんと働いてもらうぞ」
「そこは! ほら……ええっとなんだっけ、なんかすることになっているから、大丈夫!」
さっき話したことだぞイタ吉。
血がまだ足りていないんじゃあないか。
そんなコントを繰り広げつつ空きテントに案内した。
こんなこともあろうかと……と言えたら良かったのだ。
まあ何かあったりまたごそっと群れが増えた時の対策としてテントは予備があった。
ここも他と同じく広くてそして何もない。
「ここはイタ吉にさっき言った通り、冒険者ギルドとして使うように改造してあげて」
「具体的には何をすれば良いんだ?」
「ほら、あの街でのギルドを真似つつ自分好みにすれば良いんだよ。とりあえず依頼を貼り出すところと受付は必須だね」
ユウレンとカムラさんからニンゲンの冒険者ギルドに関して詳しく聞くのもいいだろう。
そうしていずれは心踊らせる冒険へと足を踏み入れるのだ。
みんなの、そして自分のために!
「よーし、ちゃちゃっとやるかー!」