百七十五生目 双刃
「めちゃくちゃ痛いじゃないか!」
「そっちもどうぞ!」
「なら!」
そう言ってイタ吉は両前脚の爪を巨大化させた。
種族魔法か。
いつものスタイルのほうがやりやすいということか。
わりかし距離が取りづらいのは地形がまあ畑と道だからというのもあるがイタ吉の瞬発的な距離詰めが優秀。
尾も遠くまで攻撃が届いて常に危険がつきまとう。
遠くから魔法を当てていく戦法のほうがやりやすいのだがそれを知ってかしらずかガンガン詰めてくる。
前脚の巨大化した鎌爪が私の毛並みを刻んでいく。
避けて避けて避けて、単純に、攻める回数が、倍になるのはやはり厄介!
イタ吉の昔のようなただ狩るという意志とは違い焦らず確実に攻めてくる斬り刻みは厄介!
「キレイに、毛並みを、整えて、ちょうだいね!」
「だったら、じっとしろ!」
私たちは生きている以上息遣いや目線それに攻撃や避けのスキはどうしようもない。
特に大事なのは一時的なスタミナ管理。
全力ダッシュが何回出来るかというのが体力なら全力ダッシュ一回が何秒出来るかが一時的なスタミナだ。
そしてイタ吉は確か体力はそこまでないが一時的なスタミナはかなりタフだ。
息を整えている間に攻撃といきたいがなかなか難しい!
というか、私が先に、切れる。
うわっ!
「おしい!」
イタ吉の身体が生んだ死角から尾の一撃が来た!
"止眼"を使って一瞬体感時間を緩めてから空魔法"インターラプトル"を緊急的に唱えてから"止眼"を解除。
どこかにすっ飛ばされたが避けれた!
危ない、不意の攻撃で完全に勝ちに来ていた。
さて飛んだ所はこれまたはるか上空。
この魔法は使用者を護りたいのか殺したいのかなんなのだ。
落下しきる前に光魔法を唱える!
[フォールイース 落下後着地などの時に対象の衝撃を和らげる]
どんなに高くてもではない、私がなんとか出来る範囲だけだ。
なんとか唱えて落ちても平気なことを祈る!
ドン! と来るはずの着地の振動はその代わり光が砂煙のように広がるだけになった。
緩和成功!
が、イタ吉には見られているか。
また距離を完全に詰められる前に――
「今度はお返しだな!」
イタ吉が尾にエフェクトを纏いながら地面にさしこむ。
あ、コレは何となくヤバイ。
武技か!?
すると周囲に一斉に大量のイタ吉の尾先の刃が生える!
正確にはエフェクトで出来たニセのもの。
しかし赤いそれらは地面を突き破りアッという間に周囲に広がる!
「があッ!」
痛ぁッ!
"防御"する間もなく地面から生えたそれに斬り突かれた!
私の身体を貫通する威力は無いが弾かれた先でまた弾かれた!
幸いイタ吉が狙ったわけではなくてある程度ランダムに生えたらしい点か。
急所は避けれた。
イタ吉が尾を地面から離すと一斉に赤い刃たちは霧散した。
「いてて……そっちも新技出してきたか」
「当然! まだいけるだろ?」
生命力は半分を切ったが模擬戦をやるにはまだ何とかなる。
それにイタ吉も半分程度だ、ここからひっくり返せるはずだ。
私は魔法をイタ吉は爪を振るい互いに攻める!
「ははは! 楽しいな! あの時を思い出すけれど気持ちは真逆だ!」
「ほんと、そうだね!」
ズガン! ガガガッ! ドゴン! バゴン!! グアッ!
ジャキン! ドゴォン! バラバラッ!! ズザン!!
私もイタ吉も思い出すのは出会った頃。
互いに言葉もかわせずハンターと獲物として出会った。
私は理不尽な怒りを。
イタ吉は挑んで負けた恐怖を。
それが今は懐かしい。
模擬戦は楽しい!
3つの刃が"乱れ斬り"の武技で切り刻んでくる。
すんでのところで"空蝉の術"で地面をひっくり返してそれを切らせる。
追撃が来る前に回り込んで土魔法"ロックボーン"を唱える。
振り向いた頭に棒状の1mほどの石を投げつける。
パーン!
気持ちいいほどの音と共に砕け散った石はイタ吉の頭にタンコブを作った。
見た目よりも生命力が削れる強い攻撃だ。
イタ吉もそれがわかっているからこそ一旦下がった。
そして低く体勢を構える。
アレか!?
真上に跳んで身体をバネのように伸ばし足に光をまとってから空を蹴る。
はっきりと音がした。
空気を壁のように蹴る音。
前のときとは比べ物にならないほどの速度で突っ込んでくる!
針を出して……
いや、フェイク!
高速で動くものほど私の目ははっきり捉えられるからわかった。
尾がこちらに伸びてきている。
順調に行けば尾先が先にたどり着く。
針では刃に負ける。
"止眼"!
連続使用に頭が痛むが考えるんだ、このピンチをひっくり返す手を。
ほんの数秒時間を伸ばしている間に!
……もうこれに賭けるしか!
いくぞ、"止眼"解除!
世界が動き出し尾先が突き刺す!
ゴン!
私に向かっていたはずの尾先は私を逸れていた。
この時1番驚いたのはイタ吉のはずだ。
そして私は向かってくるイタ吉の爪先より長く背針を伸ばす。
戦いはまた結果だけは同じで締めくくられた。
"峰打ち"使ったから死ぬようなダメージは入ってないけれどね。
刃を避けれた理由はなんでもなく本当に運だった。
まだほとんど使ったことのない"正気落とし"という武技を使ったのだ。
達人の技とログには書かれていたが驚いた。
私の身体が軽くエフェクトに包まれると前脚の横で押すように正確に刃を横から叩いた。
真っ直ぐとんできていた刃はソレだけでそれてしまったのだ。
本来は相手を無傷で気絶させる奥義。
いきなりこんな変わり種で使えてしまった。
これはかなり強力なスキルなんじゃあないかな。