六百八十五生目 稽古
たぬ吉にプレゼントしたリングがギュッと縮まってサイズがあった。
腕にちょうどフィットする。
狸の毛皮に負担を書けない程度に。
どうやらうまくいったらしい。
「これってもしかして自動調整機能……」
「うん。魔法って便利だよねえ」
ちゃんと補助効果も働いているようだ。
たぬ吉の周囲を薄く光が覆って消えた。
普段は節約モードで何かがあった時は瞬時に活性化して張られ結界が身を守る……
そういったものをコンセプトで作られている。
「うわあ、ありがとうございます……! 派手じゃあないので、こういった場でも使いやすいですね!」
「ちょっとした防御効果なんかもあるから、きっと紙で指を切ることもないよ」
「それは助かりますね! 他にもちょっとした怪我は絶えないですし、何よりローズさんからのプレゼントなんて、もうとてもうれしいですよ!」
「それはなによりだよ」
たぬ吉は身体を揺らして喜びを表現している。
わりとモコモコしているせいか結構キュートなんだよね。
さらにたぬ吉は全身から植物が生えている。
感情の機微がなんとなくつかめるんだよね。
花や枝葉が揺らめく。
「最近、なかなかたぬ吉とは機会がなかったからね。方向性が違うし、休日もなかなか噛み合わなかったから」
「まあ、そういうことだってありますよ。僕としてはむしろ、なかなかみなさんについていけなくなって申し訳ないぐらいで……」
「いやぁ、さすがに普段の仕事が最優先だからね」
たぬ吉の仕事はこの重要施設群をまとめあげる要のひとりになること。
ガッツリ定休制度かつ平日はよく働き休日はよく休む。
聴いているだけで激務なため変にあれこれ誘うのもなあ……と思い今に至る。
なかなか機会がなかったからこういう風に渡して時間を作ってもらった。
「ローズさん! 本当にこれを持ってきてくださりありがとうございます! 今度僕も休みのときに、どこかついていきますよ!」
「本当!? 嬉しいなあ、本格的な探索じゃなくても、ちょっと出かけてみたいね。基本そっちの都合で大丈夫だからね」
「はい!」
たぬ吉の朗らかな笑顔が見られただけで作ったかいがあるというものだ。
別の日。
こんばんは私です。
私の今主軸にしているのはリハビリをかねた休養だ。
つまり基本的にはアノニマルースから出ることを禁じられている。
ホルヴィロスに報告しなきゃだしなんやかんや周囲にも目はある。
諦めてしたがってはいるのだが。
「そこ」
「いでっ」
私の胴に鋭く剣が振られる。
木剣でクッションすらついているとはいえ痛いんよ。
当たり前だが小突くなんて優しい物ではなく重量を増して安定させるために重りが中に仕込んである木剣だ。
クッションやら刃潰しやら光なしであっても質量と技術はごまかしようがない。
リビングアーマーの放った1撃がちゃんと痛いのは致し方ないだろう。
「痛いですよ教官」
「迷いがあるので斬らせてもらった。それにしてもだ……肉体にムダな活力がないせいか、どうやら普段よりも鍛錬の成果は良いようだ」
リビングアーマー……いつの間にかみんなに教官と呼ばれていた魔物。
いろんな攻撃の対処法を彼から学んでいる。
あとぜんぜん1本とれない。
リビングアーマーには勝ったことはある。
ただそれは試合ではなく単に力と魔法と初見殺しで封殺しただけだ。
今みたいに2足で立って木剣をイバラで構えて向き合うものではない。
「もう一回!」
「いざ」
確かに今あらゆる力が強制的に抜けている。
そのせいでより鋭敏に相手の動きを読み取れると言うか……
必要性にせまられるとここまで力を発揮できるのか。
今必要なのは鎧を打ち抜く力ではない。
避けて弾いて当てる。
それだけに力を降り注ぐ……
細かいことは何度もその場で習っている。
基礎は習得済みだ。
いくら剣の腕はなくても学びで得られる範囲はなんとかなる。
あとは静かに向き合い今の戦いに集中し語り合うのみ。
教官はだらりと下げた下段の構え。
防御面で強く攻め入られても攻め込んでも余計な傷を負わずに後の先で仕留める型。
私は中段。
バランス型でとりあえず構えといえばで構えるような形。
教官が怖いのはそもそも型を見せたということはそこから派生してどれだけでも斬り込んでくるということ。
別に下げているからといって次の瞬間に上段踏み込みしても悪いわけではないからだ。
それはフェイントに引っかかる方が悪い。
そういう世界だ。
来る……
だんだん私もわかってきている。
殺意すら動かない相手の放つ気迫の違い。
意図的に気迫のうねりに方向性をもたせようとしている。
オーラの打ち合いとかいうものだっけか。
互いに攻めて防ぐ手が何重も同時に想定できる。
頭で考えていると言うより見えているようだ。




