六百二十九生目 怪物
完全にきっちりコンボがハマる状況というのは限られる。
そしてそれらが有効かどうかも。
今も兵たちは何度もえぐられつつ何度でも立ち上がっている。
「いっつ……治れば何してもいいってもんじゃねえぞ」
「攻撃がしつこいし、武器を振っても当たらねえ……!」
近くの敵に発生する追加ダメージはぶっちゃけ微々たるものではある。
重ねることで馬鹿にならないわけだが。
バチッときて痛ッとなる静電気にもにてきるかもしれない。
まあその静電気がだんだん強まりながら全方位連続できまくればどうなるかなんだけれど。
相手は武器でうがたれ隣から傷が入りなかなか動けず。
当然のように散開するはめになる。
心臓をえぐられ背骨を掘られても次の瞬間には立ち上がり穴が塞がる。
ぶっちゃけゾンビより厄介な肉体している。
だがこれでかなり有利な立ち位置にもっていけた。
一方そのころまた別の場所で。
そちらはそちらで兵が雷神からの被害をさけるため距離をとり部屋の中に入り込んでいた。
雷神のうごき的にあまりに狭い場所は苦手なのだ。
「ちぃ……新しいやつは大暴れだな」
「ほんと、私にも残しておいてほしいよね」
「ん? うん!? 誰だ!?」
その部屋には3人いた。
2人は兵。
そして気配なく佇んでいたひとり。
それは全身をボロのマントで覆っていた。
明らかにわざわざこしらえただろうマントの中にはこの場に似使わない少女。
それが笑顔でいた。
兵たちは戦慄した。
なぜ彼女は気配なく佇めていたのかと。
それは彼女が弱くて紛れ込んだだけだからなわけがない。
そこに立つのは変身のプロトタイプ。
変身よりもずっっっと……
タチの悪いもの。
「アンタたちが悪いんだよ、そんなにおいしそうなものをつけてるなんて」
「な、に、を……?」
兵は言葉をつまらせた。
そうするしかなかった。
少女の……アカネのマントがバサリとはだけた下から覗かせた片腕はニンゲンのそれではなかったのだから。
それは腕と手などと呼べる代物ではなく。
ぶらさがった怪物の口。
そうこうしている間にも巨大化しまるで侵食するように肩口まで色ごと代わっていく。
黒く赤いそれは顔にまでひび割れて伸び。
片目を赤黒く染め上げた。
その口は片方だけ歪み牙がちらつく。
「それぇ!!」
「うわあああ!!」
兵は戦慄し慌てて剣を振ったが遅かった。
勢いが乗る前に巨大化し硬質化した黒い腕……もはや化け物の頭に受け止められる。
技を持って力の限り当たれば結果は違ったかもしれないが。
少なくとも今回はその化け物頭に顔をまるごと食われる。
「〜〜〜〜!!」
それは時間にすれば一瞬のこと。
しかし頭を食われ絶叫すら唸り声になり足が浮いた方は洒落にならない。
腕が縮むと同時にドサリと落ちたとしても。
落ちてしまった方は身体を支えきれず床にキスをした。
その一瞬をあ然として見ていた兵は自分が何に巻き込まれているのか理解できず頭がショートする。
「う、うわあああぁ!!」
しかも見ればアレほど強固だった変身が1発で解けている。
幸いにしてまだ頭はあったが……
というか変身中なら頭が吹き飛んでも再生するのだが。
つまりはホラーもホラーな『理不尽』がそこにいた。
理不尽という名の化け物は情緒たっぷりに振り返ったりはしない。
かわりにたっぷりと力をこめて震えるように首を曲げる。
それは骨と筋肉という制約を無視した反転のような動きであっても。
「っ!!」
もはやそれは声にならなかった。
かわりにガチガチと揺れだした顎が鳴っていたのだから。
彼らはプロだ。
幾人もの死を見届け幾人ものを死に追いやった。
そして何やりも恐さというものには慣れきっている。
死んだ目で死をやりすごせる。
だが目の前のものは違った。
生き生きとした表情で怖さを与えてきた。
納得のできる答えが出ない状態で振るわれた剣など彼女にとって体が真逆を向いていようと楽に弾けた。
もう片腕の部分がいつの間にかおぞましい剣が生えた爪にかわっている。
気づいたときには剣がその爪剣によって絡め取られたと気づいた。
しっかり……それこそ血が滲むほどしっかり握っていたはずなのに。
それとそのはずだった。
剛力や技量といった面の話もできるが外から見たら握りが固すぎたからだ。
本来すっぽ抜けないためには柔軟な手の筋と手首周りの筋肉が仕事しなくちゃいけない。
本人は変身の力に任せて握っていたとしても影から逃れるように固く振るえば簡単に奪える。
つまり外から見たら木の棒をおばけにみえる何かにブンブン振り回した挙げ句木の枝に当たってすっぽ抜けていたのと同じ。
そんな相手がたどる運命など2つくらいだろう。
1つは腰が抜けるような動作でこの場から逃げ出すこと。
もうひとつは。




