四百七十六生目 隠密
お菓子の城は我ながら今日も立派。
城といいつつ要塞能力はまったくないが……
観光としてキレイな出来栄え。
というか観光名所なのにまだまだ知名度はないなあ。
月組にすら知られていないなんて。
「ランムさん、あんまりアノニマルースって都では知られていなんでしょうか? ここもうちの有名所なんですが」
「こんな嘘みたいな……まさか実在……」
「ランムさん?」
「ああ!? い、いえ。もちろん我々は事前情報を受け取って調査はしていますが、その、情報よりも見るというのはだいぶ違うな、と……」
「そうですか、それは観光として良いフレーズですね」
なかなか良い評価をいただいた。
珍しく目を白黒させているあたりおかし好きなのだろうか。
とりあえず中に入ろう。
常に修復され清潔されつづける魔法効果がある城。
持ち出し不可だが基本的に食べ放題。
ただし少量ずつとさせていたしたりお客様によっては食事制限をさせてもらいます。
何せ数十メートルの魔物に城を飲まれたら大変だし。
「――とまあ、そういうこともありつつ運営させてもらっています。ここは、大精霊のすみかですからね」
「大精霊……?」
「ええ。アノニマルースにいれば、たまに会えますよ。視界の端にたまに蝶が見えたら、幸運なことに大精霊の王アラザドに会えた証です」
「なんなのですか、そのオカルトのような。この城が精霊のものというものから怪しいのに、そもそも精霊の定義が曖昧で、いるのかいないのかもまだ正確には……」
「大丈夫、いますから」
なんなら私のすぐそばに3体浮かんでいるから。
ランムは納得していなさそうだが仕方ないよね。
見える相手と見えない相手がいる。
そうだとりあえず食べてもらおう。
私はそこらへんの壁から生えているキャンディ棒を軽く砕く。
怪訝な顔で見ているランムを尻目に食べた。
うん甘くておいしい。
私はランムへと場所を譲る。
まだたくさん生えているからね。
「これ、オススメですよ。ぜひ食べてみてください」
「はあ……? 本当に食べられる建造物だなんて……気乗りはあまりしませんが」
ランムも手に取り軽く折る。
顔をしかめゆっくり食べ……
驚きに目を丸める。
そしてゆっくり目を閉じて……
口の中を味わった。
「どうです? ここのおかしはみんなこんな感じなんです。広告では伝わらない部分なので、月組のみなそんにも納得してもらえるとは思うんですが……」
「ハッ!? え、ええ。まあ、少なくとも及第点でしょうね……」
やっぱりお菓子好きだったのかな。
お菓子って好みが別れるからこの城にもビターテイストのものから砂糖の塊に蜂蜜をかけてよく煮込んだ味まであるんだよね。
ランムの口にあってよかった。
「ぜひ月組のみなさんで来てください、アノニマルースフリーパスが適用されているので、期間中は出入りし放題ですよ」
「フリーパス……ああ、そういえばそのようなことを」
「……あっ、ランムさん。時間です」
「もう? まだ僅かしか回れていないのに……」
「まあまだ日付はありますから、ゆっくり回っていってください」
月組は流石に都から旅してきたので一回で数日分の調査をすることになる。
ランムは手元の懐中時計を開き見てため息をついた。
「一旦、帰りましょう……」
その目はどこか不満気を残していた。
ランムを宿に送りとりあえずひとつ息を吐けた。
とりあえず初日はさばけた……
名簿のおかげて宿でもスムーズだったし全員の情報がとりあえずあちこちに伝わる。
そして各々散って話を聞けたおかげで名簿と顔が揃った。
案内魔物以外に各々の場所を管理している魔物たちへの案内やみんなへの周知が間に合ってよかった。
月組が目立つ格好なのもある。
ニンゲンたちは夜あまり無理をしない。
それに打ち合わせや政治家たちとの会談や休息で動けない。
高級店なので接待は問題ないだろう。
問題は夜中か。
月組もただお役所的に来ているわけではないだろう。
アノニマルースの様々な一面を見たいはずだ。
私の予想通り月組は夜になると部屋から数名が消えた。
私は夜あえて家で待機。
まあ疲れたのもあるしみんなでごはんを食べてゆっくりする。
過労はしたくない。
ただここでひたすら待機。
……念話で連絡が来た!
『こんばんは、報告だよ。月組を見かけた』
『ありがとう、動きは?』
例の長ったらしい言い回しが好きな手紙を寄せるアノニマルース隠密部だ。
影の存在だけど別にダークヒーロー的なアレではないので割と堂々としている。
『やっぱり、何かを探しているようだ。あちこちでな』




