百五十一生目 耐久
ヒートアップしていったといっても周囲の魔物たちが騒がしくなったということだけではない。
物理的にヒートアップしている。
地面は水浸しで何度も水蒸気爆発が起こり水蒸気が撒き散らされる。
湿度も気温もグングン登り足元の水もお湯だ。
黒蜘蛛もこの事態には少し困惑している様子だが……それよりも"私"を仕留められない事に焦っているようだ。
一方"私"は"過熱冷却"の魔法を使って体温を正常に維持し涼しい顔だ。
蒸気は"透視"すれば良い。
"無尽蔵の活力"で行動力の減少はまだ平気な範囲。
純粋な疲れはまあまあだが聖魔法"疲労軽減"で強化している分まだ動ける。
もはや戦闘が始まって何十分経ったのだろう。
向こうもこちらも休み無く魔法やら物理やらで攻めて守って動き続けている。
そのたびに黒蜘蛛の『焦り』が濃くなってきた。
「……」
何か言うわけではない。
それでも"読心"ではその焦りは隠せていない。
黒蜘蛛もまさか言葉に出していない思いを読まれるとは思っていないからだ。
(身体が重い、節々が悲鳴を上げている、背が痛むし前脚はもはや動かすのもつらい。爆発をまともに喰らえば殺せるはずなのに間一髪で防がれる! なぜだ、あの小さい身体でなぜあそこまで耐えられる! 回復など追いつく前に一瞬で消し飛びそうなあの小さい身体が!)
焦っている。
そう黒蜘蛛は1時間近い戦闘に疲労困憊していた。
"私"も疲れていはいるが……向こうはその比ではないはずだ。
その巨躯や重さがそのまま身にまとわりつく重りとなり疲労し『なんちゃって水蒸気爆発』なんていう複合魔法はコントロールや生成に莫大な行動力を支払っていた。
だから全てを爆発させないのだ。
暑さも体力減少に一役買っているかもしれない。
それほどまでに地獄なのだ。
今の環境は。
焦れば焦るほどに大ぶりになりコントロールが甘くなる。
爪を折らせてはくれないが脚で薙ぎ払ってきてもやすやすと私は避ける。
おまけに"骨石生成"で作った石を投げつけて少しでもダメージが入った。
まったくここまで全力疾走しつづけるような戦いを出来るだなんて。
"私"はどのような悪環境でも笑って相手の血をすすりに行くがそれは"私"がそういう存在だから。
黒蜘蛛は少なくともまっとうなはずだ。
気合や根性でどうにかなるというのには懐疑的な"私"だが黒蜘蛛はまさに気合と根性で耐えている。
ちびちびとした削り合いとは言え常に真剣な殺し合いをし続けていてまともな精神なら発狂しそうなところを背後で見守る仲間を守るために耐えている。
疑うことなきトップの鏡。
殺気で穂先を研いで常に向けあう殺し合いを劣悪環境で多数の傷を置いながら常に向かい合って行う環境。
黒蜘蛛の感じているのは明確な死だろう。
それを感じながら"私"に水蒸気爆発を仕掛けるのだからある意味すでに狂っているほどに精神がタフだ。
"私"は違う。
楽しんでいるもの。
さらにいくら時間がたっただろうか。
跳んで跳ねて魔法が飛び交っていい加減"私"の生命力もキツくなってきた。
"私"を取り囲むように現れた水風船3つ。
ボコボコと変型する数も3。
確実にキメに来たッ!
瞬間、爆発!
水蒸気が互いに干渉しあって強く押し出され広がり空にもくもくと上がっていく。
"私"は死んでしまった!
じゃないよね。
空魔法"緊急脱出"でランダムに近場にワープして回避。
その先がまさか黒蜘蛛の傷ついた方の前脚前とは。
空中から落ちる途中で左前脚鎧を槍化!
ザクッ!
派手に黒蜘蛛の前脚を引き裂いた!
爪先に宿った炎も派手に飛び散る。
ちぎれてはいないが手応えはある。
「ぐあああぁっ!?」
相手からすれば『やったか!?』と思った相手がなぜか反撃しているのだからシャレにならないよね。
すぐにその場を離れ追撃を避ける。
……その時黒蜘蛛がガクリと体勢を崩した。
立ち上がり姿勢を直そうとして震えるが何度やってもうまく動かない。
背から流れ続ける血が原因を語っていた。
[爆水のウドジョLv.33 状態異常:出血]
"ズタ裂き"は出血を促すしそこに疲労と行動力の枯渇。
黒蜘蛛は持久戦に持ち込み落とそうと事前に決めていたことの1つだった。
黒蜘蛛にとっては僅かずつだった出血ながら"私"がチャンス時にはちゃんと狙って"ズタ裂き"傷を増やしたのと長い戦いが相まってしっかり蝕まれていた。
気づいた時には今既に立ち上がることすら出来ない黒蜘蛛のように手遅れだ。
「"私"の勝ちだ、降参しろ」
「――っ! 我は引けぬ、動け、動くんだ体よ! なぜ動かんっ!!」
昂ぶった心は想像以上の負担を黒蜘蛛の身体に強いていた。
もはや血すら足りないこの身体では何も出来ない。
「水よ出よ! 火よっ! 出ろ! 何でも良い――!! 出てくれっ!!」
魔法すらも不発。
本当にもうこの蜘蛛は全てを絞りきって戦い抜いたのだ。
だから"私"も長く楽しめた。
鎧化3割へ引っ込める。
現れる身体には多数の打撲跡。
正確には爆破やら破裂やらの衝撃波ダメージ。
こっちもとても痛かった。
だからこそ良い勝負だった。
私が1歩近付くにつれ黒蜘蛛は必死に後退しようとする。
その力すらまともに残されておらず"私"はあっさりとたどり着く。
……生命力だけはまだ僅かながら余裕があるようだ。
でないと出血で死んでいるだろうが。
右前脚を槍化。
細くした先は鋭利にした。
そうっと黒蜘蛛の身体に近づける。
「何をする気だッ! やめろッ!」
そうして。
ズブリ。
刺しこんだ。
「――っ!!」
黒蜘蛛は恐怖と混乱に満たされた。
それでもなお動けない身体を呪っているようだ。
なあにもう戦いは終わったのだ。
だから安心していい。
じゃあなんで刺しこんだかって?
まあ刺す必要は無かったんだけれど接触していないと"無敵"が効かないからね。
"無敵"と"ヒーリング"を上乗せして送り込む。
うん、刺したのは他意はないよ本当だよー。
(触れるだけで良いはずなのに……)
ツバイの脳内声は聞こえなかった事にした。
じわじわとスキルが効き……完全に入った!
回復は続けつつ黒蜘蛛に再度話しかける。
「……降伏するか?」
「……っ、分かった、だが配下には手を出さないでくれ……」
「それは安心していい、赤蛇とも同じことを話したからな」
「そうか……」
それだけいうと黒蜘蛛は気を失うように眠ってしまった。
限界だったのだろう。
"私"もつかれたな……交代!
ドライめ、いきなり私と肉体支配権を変えるだなんて。
まあ疲れたのは事実だ。
今回はこんな強大な相手2頭に勝ったのだから十分な戦績だろう。
黒蜘蛛を命に別状がない範囲で治して私も治す。
"進化"が解けてサイズが一回り小さくなり鎧は元の針や毛皮に元に戻った。
うーん、進化で増えていた体力やら生命力やら筋力やらその他もろもろが元に戻って。
その分がそのまま……重みに……
ああ、疲れた……な……
どさり。
……
……うん?
え、ツバイねちゃった?
しかたないなぁ。
"わたし"ならまだこのぐらいならよゆーでからだうごかせるよ!
ツバイはからだの悪いえいきょうをうけやすいからかな。
"わたし"もがんばるところみせないとね!
"わたし"とツバイはタブンねっこはおなじだからネ!
ドライもゲンカイでこうたいしたみたいでねてるし。
ツバイは進化からもどったときのもとの力とのつよさのちがいでたいりょくがかわりすぎたんだね。
ドライとツバイはすごく近いからヨケイにダメージがあったのかも。
その点"わたし"はダイジョーブ!
さすが"わたし"だね!