四百十三生目 王子
ラーガが金色の瞳に秘める殺気は私ぐらい感覚慣れしていないと難しい。
逆にわかってしまうと動きにくいからいいよね。
私以外まともに殺気食らったら身構えちゃうし。
「無傷……とは言いにくいですね。多くの警備班が傷つき、治療を受けました。彼らの献身と運が重なったのおかげですね。何百と死んでいておかしくない場面はありましたから」
「フン、警備など傷つくのが役目。もののうちに入らんが、運か……報告にあった黒竜か? この地に確認されていない魔物か。空はどうなるかわからない面があるから、よほどの運を引いたらしいな」
ギロリと動く金色の目はこちらの動向を1つも見逃さないかのように動く。
蛇のようだ。
こわっ。
そして目を向けたことで初めて私達を正面から見る。
「もちろん、黒竜も大きいことでした。しかし、国賓が同席していたことも大きかったのです」
「まさか、国賓たちを戦わせたのか? そのいかにもみずぼらしい3人だというのは見当がつくが、だからといって招いた相手に戦わせていい道理はないが?」
「ええ、通常なら返す言葉もありません。ただ……彼らは、国賓でありながら……警備ギルドで鳥車たちの運搬保護の依頼を受けていたのです。つまり、自分たちの身を自分たちで合理的に守っていたのです」
「……は?」
うわ目が見開かれてさらに怖くなった!
ただにおいは先程までの威圧が一瞬揺らいだ。
まさしくわけのわからない抜け道を突かれた形か。
私もまさかこうなるとはね!
明らかにこういうヒキは私の運ではない。
ドラーグの激運だ。
あとどちらかといえば失礼度は先程からのラーガ王子のほうが上だとは思う。
「アール・ラーガ王子も、ここで用事をすまされたらお早めに会場へ……」
「いや、もう用は済んだ。先に行かせてもらう……」
「そう、ですか」
ラーガはくるりと踵を返し奥へと消えていく。
額を指で抑えてうめきながら歩いていたがいいのだろうか……
姿が完全に見えなくなると全員の口から緊張が終わったため息がもれた。
「こ、こわかった……」
「みなさんが直接口を開かなかったのは、すごく正しかったと思います。今後も、求められる時にだけ話してください。人によっては……そう、彼みたいな相手にとっては、それだけで怒りをかいかねませんから」
「私から見ると、もはやいつ感情の堤防が崩れてもおかしくないかのような印象を受けました。たまるものがたまりにたまっているような……」
私達は再度歩みだす。
アール・グレイがチラリと合図を送ってきたので"以心伝心"をつないだ。
『繋ぎました』
『こういうのって思考盗聴されないんですかね?』
『なんにもしなければ、されるかも。私が暗号化とハック対策逆探知も組んでいるから大丈夫だよ』
『そ、そんなに高度だったんですかこれは……それはともかく、あそこまで冷静を装うのが1番恐ろしい気分でした。私達に1つでも難癖がつけられないかスキを探しているかのような』
念話は気をつけなけれたんなる全方位無線となる。
慣れているものならば楽にチューニングをあわせられるだろう。
"森の賢者"はそういうところへの理解もカバーしてくれる。
ラーガがこちらのスキを突こうとしていたのはまさしくそのとおりだろう。
アール・グレイの背中がいつもより落ち込んでいるように見えた。
『んもう、証拠さえあればバシバシ叩きつけてやるのに! バシバシ!』
『ローズクオーツ、たまに過激になるよね……?』
『それはあいてが悪い時です! あんな相手を推すのは、やっぱりどうかと思いますよ?』
『ええ、改めて対峙して思わされました……ラーガ王子は、昔はああではなかったのに……』
『昔?』
私が尋ねるとアール・グレイは懐かしそうにしてイメージを私達に送り語りだす。
過去の記憶を……
まだアール・グレイが子どもと言い切って良い年だったころ。
傍らにはよく笑顔を綻ばせる少年がいた。
金色の髪と目が今よりも快活に溢れていたころ。
それはまだ王位継承権を持たなかった頃の若き王子。
ラーガだった。
『遠方の地に住む同士とはいえ、別荘とその別荘に備え付けた転移門があり、大型の休暇があるたびにやってきていました。その頃のラーガ王子は年下のワタクシともふざけあうような間柄でした。よく笑う印象で、少なくとも感情を抑圧するタイプではありませんでした』
転移門とは設置型ワープ装置。
空魔法"ゲートポータル"を長期化して固定するような魔術設備でいちおう確かめるまでもないが値段も技術も半端ではない。
すごいな……本物の富豪だ。
伝わってきた彼らのイメージは笑いはしゃぎグレイを引っ張っていく。
少しずつ彼らの姿は成長していくが……
やがてラーガの姿は消えてしまった。




