十四生目 進化
私が思うに、オジサンは天才だ。
進化の事について語られた時にそれが素直な感想となった。
「は、話すのは、に、苦手で……」
そう言いつつ彼は時間をかけて自分の理論を語ってくれた。
はっきり言えばそれらの多くは彼が作り出したホエハリに無い言語。
つまり言葉に出来ないと知ってから専門用語として作り出したもの。
……この人転生者じゃないよね?
そう思うほどの思考力。
考えることが大量に詰め込まれそれを出力する部分がギュウギュウになった結果、無理矢理出た言葉が少しずつ形になる。
それがこのもどかしい話し方だ。
そう私は理解するほどオジサンが独自に編み出した理論は凄まじかった。
というより野生生物じゃないでしょ、理論立てて研究し独自の結果を開発するとか。
……後ろでは理論どころか理性もないかと疑う血と肉に群がるイタチ他の解体作業が繰り広げられているのは無視する。
時は何とか頼み込んだ後の事。
私はオジサンに自分の経緯を話した。
オジサンは「えぇ〜」とか「うわ」とかボソボソと返す程度だが彼の中でちゃんと咀嚼してくれてるらしい。
烏に連れ去られ自力で何とか抜け出した後森に死に掛けながら落ちてそこにいるイタチに襲撃かまされる。
死に掛けながら撃退した後治してやったらなんかついてきて振り払おうとしている間に追尾してくる敵に気づき急いで避難。
しかしさすがに見つかり立ち向かおうとするも圧倒的腕力を見て逃走、たまたま同族を見かけて助けを求めた。
というココまでの流れをまとめただけでも荒唐無稽と言うしか無い。
一応私はまだ離乳食を必死にたべてる時期の子どもですよ?
自分で言うのもなんだけれど私じゃなかったらまず生き延びる道筋がまるでない。
しかし、それをオジサンは真面目に、深刻そうに受け止めてくれた。
……悪いホエハリでは無さそうだ。
「私の話、素直に信じてくれるんですね」
その言葉にオジサンは頷く。
「ま、まあね。き、君ぐらいの年でさぁ、そ、そこまでしっかり、話せる時点で普通じゃないし」
「あ、アイツ相手に、なんだかんだ、に、逃げれていたしね」
「あ、あれだけ実力あるのならめ、目の前の事実を否定す、するのは意味が、無いからね」
人間ですらそれを出来る人はそういないだろう。
というよりかはまず疑われる。
そして、まあオジサンが長文喋るのに向いていないということも。
……ここらへんはフォローしながら話すしかない。
脳内補正もガンガン入れよう、うん。
そしてホエハリふたりの話だと理解したイタチはむしろ清々しいくらい綺麗な死を迎えた虎へ向かっていった。
……あれ、食べられるの?
うん? 土の槍がいつの間にか無くなっている。
時間で崩れてしまうのかな。
「そ、それでまあさっきの事だけれど帰るまでなら良いと思うよ」
あ、帰るということで思い出した。
「ありがとうございます! それと、群れの仲間が見つけに来るかもしれないので場所を知らせてもいいですか?」
「ん? で、出来るなら良いんじゃあないかなぁ」
許可をもらったのでライトを空に打ち上げる。
前の場所と大幅に離れてしまった。
「おおー、あれは、さっきの……あ、魔法かい?」
「いえ、光神術とかいうやつです。知りません?」
「し、シンジュツ? 知らないなぁ。それにしても今みたいな晴れじゃ、あんまり見えないかもなぁ」
残念、知らなかったか。
というか知らないのに一発で何をしているか理解した?
弱点まで把握して?
おそるべきオジサン。
「私の今後の課題なんです」
「い、良いねえ。やっぱり改善していく心がね、なくちゃね」
そして話がわかるオジサンだ。
「それでき、キミは川下、川上、近くならその2つだけど群れはどっちかわかる?」
「ぜんぜんわかって無くて帰ろうにも難航中です……」
そもそもそれ以外の群れならほぼ論外である。
ならば動かない事は鉄則。
この状態、つまり強力な味方がいてかつ動かなくても何とかなりそうな状況はまたとない機会。
レーダーも切り行動力回復に努めつつ彼の強さのヒミツを聞き出すのだ。
「そ、そっかぁ……まあ、来てくれるならそのほうが良いよなぁ」
そこから私とオジサンでさっきの進化についての話を進めた。
オジサンもここからあまり動かないほうが良いことに同意してくれたし何より今は少しでも情報が欲しい。
どもりがち、かつホエハリ語では聞いた事がない言葉、つまりオジサンの専門用語だらけで難解ではあった。
まあでも、まるで言語の違う相手と話すより繙く鍵がだいぶある。
それにオジサンはよく地面に絵を描く。
それを交えて説明してくれるのだが、ホエハリ族で絵をかくなんて聞いた事がない。
「凄いですねオジサン、絵がかけるなんて!」
本当に野生生物? と疑いたくなる。
「へ、へへ……趣味なんだ、変だろうけど」
「いえ、私は素敵だと思います!」
「ありがとう……へへ……」
嬉しそうに笑うと続きを話してくれた。
こういう事を話すこと自体、まれなのかもなぁと何となく思いながら話を促す。
地面に描かれたのは3つの魔法。
色濃い地から突き出た槍。
一粒の雫。
収束していく暗い影。
それぞれ土と水に闇だ。
オジサンによるとこれがオジサンの持つ魔法らしい。
絵はさらに描かれ獣の絵、つまりホエハリが描かれる。
3つの魔法はホエハリに向かう線の途中で混ざり合い太い線になってホエハリと繋がる。
ホエハリはそれを纏った。
オジサンは行動力を魔法に変化する直前で止めそれぞれの魔法の元に変換するのが大事だと言った。
それが属性魔力だそうだ。
「うーん、えい! ……普通にヒーリングが発動してしまった」
試しにやってみたものの難しい。
不発か発動してしまうかのどちらかだ。
オジサンによると魔法は決まったカタチに動かすのは得意だけれど、意識しないとそこまでの過程を全て無意識でやってしまうためなかなか難しいんだとか。
「い、いきなり出来たら、天才、だよ普通はね、難しい」
なぜそんな事をしようと考えたかと聞いたら、魔法はどうやって出来るのか考えたさいの副産物らしい。
自力で動く心臓がどうやって動いているのか、どうやったら途中で動きを変えるのかみたいな話だ。
よくそんなことを考えついたものだ。
そしてオジサンの言う属性魔力を3つほぼ同時に作り出す。
私は光魔法しかないためわからないがどう考えても3つも同時に属性魔力を作り出すのは楽ではない。
3つ同時に魔法を放つのもよほど難しいんじゃあないかなぁ。
それを自身の中で混ぜ合わせ一つの巨大な魔力に仕立てあげるとか。
それぞれの属性が弾き合いそれを無理矢理混合すると莫大なエネルギーが発生するんだとか。
聞くだけで危なさが溢れている。
実際やってみようと実験した時何度も暴発して黒焦げになるかと思ったとか。
「ま、まあ大変だけど慣れだね」
正直身体が感覚を覚えるまで繰り返すしかなかったとか。
……後ろで肉に群がる魔物が増えている気がする。
混ぜ合わせ安定化した後は身体全体に行き渡らせるんだとか。
ただし元気が良すぎるエネルギーはたいていすぐにすっ飛んでいってなくなってしまうらしいから手早く丁寧に身体に纏わせるとか。
ちなみにオジサンは最初これそのものを攻撃に使っていたらしい。
それだけなら前方に打ち出し魔力を魔法にカタチを整え攻撃するんだとか。
ちなみにビームみたいな直線上を撃つエネルギーの塊みたいな魔法だとか。
「つ、強いよ一発だけだけどね」
問題は強すぎて打った自分も反動で吹っ飛ぶわ骨が軋みそうになるわでもしもの時以外は止めたほうが良いとのこと。
そこでもう少し現実的な使い方が無いかと模索した結果が細胞一辺一片に纏わせるやり方。
ただ、それだけでは維持が出来ずに抜けてしまうという事。
ここまで話した段階でそこそこ時間を使っている。
専門的な用語、話すのが苦手らしいオジサンのペースに合わせるのが大変というのもあるが何よりやっている事そのものが困難だ。
少なくとも自己練習可能なレベルに理解するまで咀嚼するのに時間がかかる。
「そ、そういえばだけど何か食べた方が良いんじゃあないかな」
そう言われてお昼時なのに気づく。
おとなホエハリは朝と夕方食べれば大満足、無くても1日2日は何とかなる。
しかし仔ホエハリは別でとにかく頻繁な食事がいる。
まあ、成長しようとするエネルギーに対して胃袋が小さすぎるのが原因なのだが。
と、そこまで思ったがオジサンの話の続きには驚いた。
「こ、行動力はさ食べた物の力をたくさん使って回復するからさ」
……群れではそこそこ潤沢な食料事情なせいで気づけなかった。
アレをマトモな食料だとするかどうかは主観の問題なので置いておく。
曰く、普通の運動とは違い行動力の回復は非常に食事の力を使うとか。
つまり、カロリーだろう。
魔法ひとつ使うにもバンバンカロリーを使うらしい。
私は幸楽での自動回復に飢えないという部分でもかなり助けてもらっているらしい。
なるほど、寝起きのイタチが顔酷かったわけだ。
……そして今後ろでその分食を謳歌していると。
オジサンの提案を受け食べられるきのみを探しに行く。
ディテクションを唱えレーダー起動。
白反応のきのみを観察かけ発見。
サウンドウェーブで叩き落とした後そのままサウンドウェーブでオジサンの近くまで跳ねる。
それを何度か繰り返して戻る。
「えっ、もう、戻って……?」
「慣れましたから」
「そ、そう……」
ツッコミたいところが多いという顔をしているが、それで納得してもらう。
実際慣れの部分は多いし。
オジサンによると私が拾ってきた中で一番私がマズいと思っているきのみが栄養価が高く積極的に取るのがオススメらしい。
思わず顔をしかめてしまった。
「ん、いや、苦手? なら別に……」
「いえ、贅沢は言ってられないので食べます」
しっかりと、噛みしめる。
生ゴミとこっち、どっちのほうが幸せかなという気分になる。
なによりゴリゴリに硬いのが最悪だ。
ひたすら噛まないと粉々に出来ないではないか。
「あ、たくさん取ってきたのでおひとつどうですか?」
「え、あ、貰うね」
そしてオジサンは1つ口に運び殆ど噛まずに飲み込む。
ですよね、それならば多分そこまで気にする必要はないんだ……
ただ、私がそれをやるには無事に離乳食卒業しなきゃいけないんだよねー。
話は続く。
直ぐに抜けてしまう魔力。
オジサンも研究はここまでかと思ったという。
しかしオジサンに運が向いた。
たまたま知り合いだった相手……その相手はホエハリではなくこの森に住むかなり賢い魔物らしい。
その相手に話した所、その魔物のツテを探してもらえたらしい。
魔物の中にはホエハリより遥かに賢くそして強いものもいる。
つまりはオジサンが辿り着いた理論にその種族全体で知りうる者たちもいた、ということだ。
そこからヒントだけならば……と言う事できっかけを貰いついに完成させたという。
「ま、魔力は魔法としてカタチにしなきゃ意味がなかったんだぁ。けど複雑だったから自分の気持ちを使ったんだ」
オジサンはそこで困難な説明をするように必死に語ってくれた。
オジサンが進化時の性格は本来はオジサンの憧れであり強い意思を持った心の奥にあった戦闘的な自分らしい。
ただ、高圧的でこっ恥ずかしく何より自分に合わないとオジサンの中に閉じ込めていたもう一つの人格。
より強い力を発現するために自分より攻撃的なその人格にまるごと魔力を込めカタチにしたのだとか。
魔力を魔法にするというのは力を現実にカタチにして表すというプロセスで成り立つらしい。
自分でない"自分"を魔力という力を使いカタチにして現実化する。
それを自分自身に適用することで肉体を変化させるんだとか。
そして魔法はあくまで魔法、トランスが恒常的な肉体変化だとしたら進化という名の魔法は一定の間のみ保つ。
ソレが進化という魔法だと言うことを、その知り合いに達成報告をしたときに知ったらしい。
つまり、オジサンはほぼ自力で一つの魔法にたどり着き再現したわけだ。
オジサンは、天才だ。
こんなの自力で気づけというのは無茶だ。
というより私は未だにちゃんとした理解が出来ない。
そこにただ、とオジサンが付け加える。
「お、俺はオリを開けるイメージだけど、こういうのってみんな違うんじゃあないかなぁ」
違う自分、違う"私"……宛がないわけじゃない。
ただ、確かに私の場合オリを開ける感じじゃあないかな。
「何となく、わかります。私は生き残ろうと必死になった時に何だか違う"私"の部分を見つけたんです。ただ檻の中ではないですね、私の場合」
「な、なるほど……もしかしたら、素質あるんじゃあないかなぁ」
オジサンも同意してくれた。
ただまあ、私の場合ソレ以前の問題がある。
「ありがとうございます、ただ私はまず3つの属性の魔法を使えないと、ですね……」
「ま、まあそのうち覚えるよ、なにせキミ凄く頭良いから俺の話わかってくれるみたいだしね」
順調にきのみの数が減りお腹が満たされた頃にはやっと話が一通り教われた。
ただし、魔法を魔力化した段階で押しとどめるのもまだ出来ない。
そしてオジサンの天才っぷりに感嘆していたと同時に背後の騒がしさが流石に無視出来なくなってきた。
もはや森の中あちこちから大量の魔物が群がったとしか思えない光景。
自然界だ……
私は、骨が見えている肉に、ああなりたくないなぁって強く思う。
私をさらった烏の仲間みたいなやつも来てる。
うへぇ、あの時群れを襲ったやつじゃありませんように。