百四十四生目 原祖
ドラーグには蜘蛛の居場所からの撤退を頼んで"以心伝心"を切った。
相手の場所、地形、現在の配置はわかった。
得意な攻撃も把握できた。
問題は彼らは彼らのために彼らの正義を得るために戦っていたということ。
激しい殺し合い、特に群れ全体を使う戦争は嫌だが群れ全体のためにリーダーが何とか頑張らねばと踏ん張っているという点か。
私と大きく違うのは重荷を誰が持つかという点か。
私はみんなとともに重荷を分け合っている感覚だが、向こうは重荷を一手に引き受けてなお前へ進もうとしている。
生まれつき期待された王というやつだろうか。
ちょっと眩しさも感じるほどだ。
まあ私としてはやや同情してしまう。
だからなるべくここで止めなくてはならない。
例のアレを完成させよう。
まずは魔力をためる作業。
光、土、火魔法を唱えてキャンセルし魔力をチャージ。
ここからがアレだ。
4種類目の魔力を保持し混合する。
これが難しかった。
だが私は最近ふと気づいたことかある。
料理を作る際に全ての材料を同時にぶちまけるだろうか。
そんなことはない。
ならばこれも同じなのではないかと思ったのだ。
先に3種の魔力を混ぜ合わせつつ地魔法を唱える。
3種類の魔力を1つに混ぜ合わせたら地魔法詠唱をキャンセルして魔力を入手。
膨大な1つの魔力と地魔法の魔力を混ぜ合わせる!
うおおぉぉぉーッ!!
イメージとしては全力でかきまぜあわせている様子で!
魔力コントロールとは調理だ!
加工に全力を注ぐ!
――ここだッ!
不和で今にも弾けそうだった魔力たちのほんの僅かな時だけ緩んだ境界線。
そこを一気に押し込めて形にする!
出来た! 4種混合魔力!
後はこれを身体に行き渡らせて――
(待った! 今それ以上はダメだ! 普段の私!)
え、どうしたの"私"。
このタイミングで待ったをかけるだなんて。
(ほら、覚えているか? 前に言ってて探していた、普段の私と"私"以外の記憶にない人格。今までなかなか尻尾を出さなかったがやっと捕まえたぞ!)
おお、私がトランスした時に現れたという幼い性格をした謎の"わたし"か!
てっきりサボっていたかと!
(なかなか手こずっていただけだよ! まあ、とりあえずちょっと厄介だから目を閉じてこっちに来て)
あ、そんな事も出来るんだ。
膨大な魔力は惜しいが自然霧散させよう。
私はゆっくりと3つの目を閉じた。
「緊急脳内会議ー!」
わーわーパチパチ。
そんな擬音は一切ついてないんだけれどとりあえず"私"がそう音頭を取った。
参加者、普段の私こと自分。
戦闘狂の"私"。
そうして……もうひとりか。
「んもー、なんでわたしをこんなめにー! うーごーけーなーい!」
「お前がめちゃくちゃ逃げるからだろッ!」
「追いかけて来るんだもーん」
全く同じ顔をした"私"が"わたし"に怒りながら詰め寄っている。
"わたし"はのらりくらりと知らん顔。
何なの、私ってあんな顔が出来るの? って気分でそれを眺めている。
"わたし"は全身をがんじがらめに鎖で縛ってあるせいで身動きが取れないらしい。
"私"にとって刺し殺してはいけない相手は大変だっただろう。
「ちょっと話を始める前に待った、さすがにこのままだとややこしすぎるから、番号か何かふろう」
確かに"私"の言うとおり、私だの"私"だの"わたし"だのでややこしさ極めている。
色々話し合った結果1番は"わたし"が譲らず、別にこだわる理由も無いので配置を決めた。
「"わたし"がアインス!」
「それで私がツバイ」
「"私"がドライだな」
上から1、2、3という意味だ。
以降はこの3つの私の間ではこうやって呼ぶことにする。
話を戻して。
そもそも……
「キミは……アインスは誰なの? なぜ私たちの他にもキミという人格がいるの?」
「しらなーい! "わたし"からしたらわんにゃんたちがいるのがフシギだもーん!」
なんだろう、ちょっと話すだけでこれほどの違和感。
これ本当に自分の一部なのか?
別の誰かと話しているようだ。
「ま、とにかくこいつが何をしようとしていたかは知るべきだよ。コイツことアインスは、"進化"のスキを狙って身体支配権を乗っ取る気だったんだ」
「えぇー!?」
乗っ取り!?
そんなぶっそうな!
私がアインスを見つめるとシレッと目をそらされた。
「ちがうもーん、取りかえそうとしただけだもん! あくのわんにゃんたちの手から、"わたし"のからだをとり返すんだもん!」
「え、いやー……」
さっぱりわからん。
「そもそもわんにゃんって、アインスもわんにゃんだろ」
「そうだけど! ツバイとドライは"わたし"とは違うわんにゃんだもん!」
「やっぱり、自分ではない……?」
少なくとも目の前でぷーたれているこの子に自分の面影は感じない。
自分という人形に誰か別の人が入り込んでいるようだ。
……いや、もしかして?
まさか!
「ねえねえアインス、質問なんだけれど」
「いや!」
「そこをなんとか」
「……お菓子くれるなら」
ここは精神世界だからある程度私のコントロールが効く。
記憶上に強く残っているスライムとはちみつを煮込んで固めたなんちゃって砂糖菓子を出してがんじがらめのままなアインスに差し出す。
"わたし"はひょいパクと食いついた。
「ん〜〜! おいしー! さいきん食べてないもんねー! ねえなんでツバイはさいきんつくらないの!?」
「いや、なかなか忙しくて……それにクドいし……」
「えー!! サイコーなのに!! ツバイーつくってよー!!」
「質問に答えたらね」
「ちぇっ」
よし。
気持ちを改めて聞こう。
「アインスはいつから記憶があるの?」
「それはもう、おかあさんのお腹の中から! 決まっているじゃん!」
「……そういう事か!」
どうやらドライも気づいたらしい。
アインスの話がどうも要領を得ないわけだ。
「ん? どういうことツバイとドライ?」
「アインスが母のなかにいる時から記憶があるのに対して、私とツバイは産まれたあと、しかもおそらく少したってからの記憶しか無い。つまりは……」
「コイツが、アインスが『元人間』としての知恵や思考それに性格を手に入れる前の、素である元々の自分……!」
つまりはアインスがもしニンゲンとして成長すれば私のようになるかもしれない。
アインスはさっぱりわからないって顔をされている。
若干私ですら混乱しているからしかたない。
「……その後の記憶は?」
「うーん、多分ツバイやドライと同じだよ? ただね、"わたし"はいつもそれをどこかとおくから見ている気分だったの。じぶんのからだなのにじぶんじゃないみたい。つまんない時はねてた」
「今みたいにはっきりと私がいるとわかって身体を乗っ取ろうとした時は?」
「えっと、"わたし"のからだがちょっと変わった時? あのときは自由に動けてたのしかったなー! すぐおわっちゃったけれど」
もぐもぐと菓子をほおばるたびに答えてくれるアインス。
なんとも変わったことになっていたんだな……
「でもね、あのあとから急にいろいろと考えが浮かんできたの。もっとあそびたいなーとか、もっとお菓子食べたいなーって。だから取り返そうとしたの!」
「なるほど……」
つまりはだ。
一度得た自由という権利が欲を刺激したのだろう。
そんなアインスはいうなれば。
「この子は……アインスは魔物としての本来の自分……」
「だな。"私"やツバイはその後急速に脳や魂に精神が前世を自覚してその認識を元に『元人間』として成立した人格だろう。ある意味アインスから別れた性格と言っても良い」
「産まれた後に私の影響が強すぎて塗りつぶされてしまっていた本来の幼い人格が、トランスした時の衝撃で剥離してしまったのか……」
言ってしまえば、1番目私、2番目ドライ、3番目アインス、という順番で人格が出来たと思いきや。
1番目アインス、2番目私、3番ドライだったわけだ。
私はニンゲンの知識や魂や前世認識でこの目の前で砂糖菓子を頬張っている子から分かれた『オリジナルではない』人格だったのか……!
どうするんだ、私。




