三百九十四生目 一手
アール・グレイとの打ち合いをしてわかってきたことがある。
どんどんとその刃が鋭さを増している。
低確率ながら型を極めることによる奥義らしき動きも見える。
しかも本人がわかっていないということはわざと教わっていないのだろう。
彼は今圧倒的にレベルが高い私に立ち向かうことでぐんぐんと成長している。
殺し合いではないけれどアール・グレイが真摯に向き合ってくれていて成長率が高い。
「……ワタクシが見た理想は、はっきりと言葉にすることは難しいものです。しかし、国として、ではなく民ひとりひとりが……そう、人にあらざる存在と言われる下級層でさえも、みんなが向き合えている国ができれば、どれほどよいか」
「急激な制度変化は、混乱を招きますよ」
「もちろん。それこそワタクシひとりでは何もできないほどに。けれど、今みたいに繰り返していくことが大事なんですよね。それも、ただ繰り返すのではなく……」
「うわっ」
今のは第三者視点がなければ騙されていた。
主観から突如剣が消えたと思ったら頭上に剣が迫っている。
第三者視点でうまく見つけて体を踊らし受けそらす。
本当に近接時は主観が恐いね。
良く見えているようでなにも見えない。
「権力に飲まれず、慣習に食われず、多角的な視点を持ってしてあたる……簡単なように言えますが、ワタクシひとりでは無理だ。頼って、頼られて、多くの者に繋がっていく。ゆっくりとでもそうして変化していくのが、きっとワタクシの理想……その第一歩なんです」
駆けて行くその姿は大立ち回りを思わせる。
私とただ正面に打ち込んでも逆に1手取れることはないと判断したらしい。
それはアール・グレイが旅の中で逃げまどいつつも得た能力なのだろうか。
それでも彼の目は曇らない。
むしろ剣を握る手は力がこもっていて……
私の周りを駆け巡り瞬間的に踏み込んで加速しぶつかるのを繰り返す。
とんでもなく疲れるやり方だ。
しかしその効果はある。
彼の剣に勢いがどんどん増してきている……
「どこから打ち込んでも、全部見えている……スキがない。まるで今ワタクシたちがやろうとしている相手のようです……けれど!」
「えっ!?」
踏み込んで斬りつけ防がれて下がり駆けた瞬間。
手元から剣が消えた。
"鷹目"ですぐに気づく。
上に投げた!
バックと同時に!?
あらゆる生物の本能的な死角……
けど。
「まだ!」
単なる奇策ならば1本とられてやるわけにはいかない。
私は剣に合わせて押し返し火花と共に弾き飛ばす。
「だからこそ、ワタクシは信じる!」
だが意外にも……そしてうれしくも終わらなかった。
弾いた空中にいるのはアール・グレイ。
ジャンプ力を足に光をまとわせて強化し跳躍を!
そして勢いを殺さず落下加速してきて……
そのまま刃を振りおろした!
私の真上に振り下ろされた刃は――
「いやあ、凄く良かったですよ。決意が伝わってきました。まさしく1本取られましたよ」
「本当はちゃんと1本とって力を表したかったのですが……」
私とアール・グレイは並んで帰る。
彼の傷んだ手首を魔法で癒やしつつ。
結局私は"止眼"を使わされた。
全力でやりあっていれば避けれたものを……と今更後悔を言うものでもない。
私自身の課していた制約を破らされたので負けだ。
"止眼"で超高速になった思考がゆっくりした時間感覚にして……
迫る刃がもう向きを変えられないところまで来ていると確信を踏み。
体を半歩ずらしてひねり避けたあと。
アール・グレイが落下の衝撃により怯んでいるところへ地面に斬り込む剣の上から剣を差し込んで止まった。
危なかった。
投げも大きな跳躍で大上段もブラフ。
本当は無理やり防いだり避けて体が崩れたところからのファーエン家流の型による強烈な連撃が狙い。
そこまで彼の目と心を見抜けなければ危なかった。
戦いのさなか自然に言葉がこぼれ落ちそれが形になる……そんな動き。
「今度は、私が上から剣を止めるのではなく、私にその後の攻撃をさせてください。そのぐらいなら、私にもできますから」
「えっ? ……ああ! なるほど、はい、もちろん!」
アール・グレイはどことなく夢見心地のような疲れて稽古して話して混ざった想いがあったのだろう。
今私がどちらのことを話したのか若干考えが止まっていた。
でも……その後はちゃんと笑ってくれたから大丈夫だろう。
その後特に揉め事もなくアール・グレイは眠りにつく。
どうやら胸のつかえはとれたようだ。
私もアール・グレイのためにもちょっとはやることやらないとね。