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三百九十三生目 杞憂

 アール・グレイが(エフェクト)なしで切り込んで来る。

 私は手首を返すだけで受ける。

 そのままアール・グレイは刃ではなく腕や足に(エフェクト)をまとわせて斬りつけてくる。


 私は真正面から打ってくるアール・グレイを剣をいなしていく。

 相変わらず真正面から打ち込んでくる良い動きだ。

 技術もあり型もあるがそれ以上に彼自身の性根が伝わってくる。


 アール・グレイはその真っ直ぐさには危うさも秘めていて……

 特に今の剣にはそれもこもっている。

 私は技術的なことはわからないので心を読み取るまでだ。


「そこッ!」


「っあ!?」


 打ち筋が曇ったところを的確に弾く。

 別にこれで相手に傷が入るわけではないので反撃じゃない。

 まあ実戦だったら大きく剣ごとのけぞる動きをしたアール・グレイは1撃深くもらっただろう。


「さあ……」


「……っまだまだ!」


 アール・グレイは諦めず更に打ち込んでくる。

 先程よりも勢いが増している。


「ワタクシが不安なのは……そう、きっと杞憂なのです。ワタクシの決断で多くの人々が揺れて、ワタクシたちの身や領地すらどうなるかわからない。家族すらも。そこに個人で背負えるものはとうに過ぎていて、それで悩んでしまう」


「うん、私も似たような経験はある」


 アール・グレイの太刀筋は何度も斬り込んでくるもののどれも力任せじゃない。

 斬り込むことにちゃんと駆け引きを使っている。

 洗練された技で私はそれを力で押し返しているだけ。


 だからこそひとたび曇れば……


「弱ってきている!」


「ぐあっ! まだまだ!」


「ここだね」


「なっ!? もう一回!」


 良くも悪くも凄く型の見える剣技。

 若さならではのものだ。

 こうきたらこうがわかっていてなおかつ時折鈍る。


 私が女性だからというわけでもないだろう。

 アール・グレイの母親は領内最強の騎士。

 剣を振る姿から誰に叩き込まれたのかは想像が簡単につく。


「いいですね、少しずつ良くなってきています」


「ワタクシは、ひとりではどうしようもなく弱い……だからこそ、ひとりでは何もできないからこそ、みなさんの力を借りるしかない。だからせめて、その先だけはよりよくしなくては。今の状態に満足する民たちも多いけれど……それがただの停止なのは、ワタクシが身にしみている。ワタクシは、理想を見出したのだから」


「理想? そういえばそこらへんの話はしていませんでしたね。辺境伯たちとしてではなく、あなたの理想、聞かせてくれますか?」


 もちろん近接攻撃の重要部分は武技だ。

 今封印しているからこうするしかないのもあるけれど……

 おっと!


 通常通りナナメに切り裂いて来たと思った瞬間に一瞬剣がぶれて下から肩の方へと切り裂いて来た。

 しかも手に力がこもっている。

 刃の潰れた剣が光を跳ね返しまるで美しい輝きを見せる。


 ……型を応用した。


「っ、今のは?」


「えっ、わかってやったんじゃあ?」


「いえ……今夢中になったら、何かが見えたような気がして。気がついたら……もう一度やってみます」


 私は肯定し構え直す。

 そうか……きっと彼の体に最適化するように彼自身が殻を破ろうとしている段階。

 それはきっとアール・グレイの理想にもつながる。


「……ワタクシの理想を見出したのは、外に出て逃げ惑うことで初めて見えたものです。守られたままでも、ただ攻め入るときにも見えなかったもの。人が構成したものも……人が構成しなかったものも。アノニマルースを権力者ではなく、避難民として見て、初めてわかったことも多かったんです。ワタクシが、どれほど小さかったか。あそこの難民たちも、多くに大河王国民を見ました」


「……大河王国民!? なるほど、どこからかは言わなかったけれど、もしかして強制的に戻される、身分を明かされると思っていたから?」


「やはり、知らずに受け入れてくださっていたんですね。ありがとうございます。大河王国ではきっと、知らず識らずのうちに多くの脱国者を出している……ワタクシの領の報告では少ないですが、皇国に渡ったということは、おそらく海側も……」


 帝国に行く山々は正直一部だけ砦を張れば見張れるほどに道が険しい。

 海側も冷たく荒れやすいけれど範囲が広大だし商船に紛れやすくまたそこまで細かく見ないだろう。

 張りやすい場所もそこまでないだろうし。


「いえ、なんだか裏事情がわかってこちらも助かりました。向こうに伝えてできうる限りの支援をします」


「本当に申し訳ない、こちらがしなくてはいけないことを……あっ!」


「あくまで剣技に集中してくださいね」


 剣を弾いてもう一度向き直る。

 何度でも何度でも。

 ここは"無敵"じゃあなくて心と心の向き合いだ。


「……もう一度お願いします!」

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