百四十三生目 蜘蛛
赤ヘビはその巨体から惜しみなくオーラが溢れていた。
強者の気配。
ここに運ばれてきた大きなカエルの魔物がその身をすくみ上がらせ固まらせるのには十分だった。
このカエルもどこから持ってきたのかという程度に大きかったが赤ヘビは一口でそのカエルを足から飲んだ。
うーむ私もああならないように気をつけなくては。
様子を見る限り生命力は大丈夫そうだがいまいち気迫が足りない。
ようは元気がないのだ。
そこらへんのヘビを片っ端から"観察"して言語を学ぶ。
徐々に声が分かるようになってきた。
「あー、くそ、だめだ、全然力が足りねぇ」
「やはり厳しいですか」
赤ヘビが周りにいる小さい赤ヘビと話している。
というよりかは二つ名がついた赤ヘビが異常なだけで周りの小さな赤ヘビが本来のサイズなのか。
「ワリぃ、だがアイツを殺すにはまるで足りねぇ。この痛みをアイツに返すためにはな……!」
「アナタ様が認めるほどの強敵だとは、我々も想定外でした……」
赤ヘビが目線を送った先には自身の身体に隠すようにあった腹の一部。
鱗が焼け落ちてただれている。
生命力は万全なのにこんな傷があるだなんて。
(わかるな、あれは心の傷がそのまま残っているんだ)
知っているのか"私"!?
(まあ"私"は最近裏で調べているからな。前世の知識とかそれと"私"のバトル直感とかだ。強い怒りや恨みに悲しみなどがああやって傷を残らせるんだ。おそらくよほど自信があった所をズタズタにされたんだらうな)
"私"の判断はどうやら当たっていたらしい。
"読心"で赤ヘビを見たら怒りや恐怖でせめぎ合っていた。
「あの時の……被害は大きかったな」
「我々など数には入りません、されど」
「違う! 俺はみんなを守り敵を消し飛ばすために産まれてきた! なあそうだろ!」
「英雄様……」
ヘビ的に大声を出した事で場が静まり返る。
みな赤ヘビに注目しているようだ。
「英雄様……」
「英雄様頑張れ……!」
「英雄様!」「英雄様!!」
「英雄様頑張れ!!」「我らが英雄様!!」
英雄と呼ばれた赤ヘビはそう言われるほどに表情を暗くしていった。
……なるほどね。
「俺は、みんなの期待に答えなきゃならねぇ。頑張らなきゃならないんだ。だから、次は必ず殺す。その力が必要だ」
「……わかりました、どうかそれまではお体を労ってください」
過剰なプレッシャーに強い正義感。
生まれつき『そうであれ』と育った存在。
圧倒的強さを誇ったはずなのに前の戦いでは結果は引き分けて痛み分け。
想像以上の負担があの傷として現れているのか。
これは結構情報の収穫があったかもしれない。
「……彼の弱り方は想定以上で?」
「……ええ、似たような流れをもう何度も行っています。自身を鼓舞すると言えば聞こえが良いですが」
「……わかった、私は噂を頼りに強力な回復の力を持つ霊草を探してきます」
沸き立つこの場とは別に隅で小さい赤ヘビたちが話している。
おそらく昔から『英雄様』と共に生きていたのだろう。
心身の弱りを察しているらしい。
『ドラーグ、情報は集まったから次のところへ行こう』
『あ、そうなんですか? 僕にはヘビたちがいっぱいいるなぁぐらいしかわからなかったのですが』
『言葉を理解して情報を集めたからね』
『なるほど、さすがローズ様ですね』
それにしてもドラーグには本当に助かる。
この力のお陰でだいぶ相手の状態をさぐれた。
有利に事を運べそうだ。
『ドラーグも本当にすごくなったね』
『いえいえ、ではまた!』
念話と同時に身体のリンクも外れた。
またしばらくしたら2つ目の場所にたどり着くだろう。
それまで休んでおこう。
寝ていたら再びドラーグからの呼び出し。
"以心伝心"でドラーグと思念と身体リンクをつなぐ。
また影の中にいるようで地面の下から景色を覗く。
荒野の中でも特に崖に囲まれた場所らしく所々に蜘蛛の巣がかけられているのを見られる。
こちらが蜘蛛側のホームか。
『それじゃあ慎重に頼んだ』
『わかりました!』
昼間の崖付近には当然影が出来る。
それを伝って奥へと進んでいく。
奥に行けば行くほど蜘蛛の巣は多くそして新しくなっていく。
そうして進んで行ったところには、蜘蛛。
蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。
ウジャウジャウジャウジャと。
見渡す限り多数の蜘蛛の魔物がいた。
種類も多く蜘蛛の巣まみれ。
『うわぁ、こっちも多いですね』
ドラーグがそうつぶやきを漏らすのもわかる。
そして奥にはいかにもと言った巨大蜘蛛がいた。
ヘビに長さは叶わなくとも脚の高さがしっかりあって怪獣大戦闘してくれそう。
[爆水のウドジョLv.33 異常化攻撃:毒]
[ウドジョ 強力な毒とセットで爪が強力な槍。ただし毒が効く相手はかなり限られるという]
[爆水 二つ名。水と炎の魔法を組み合わせて効果的に爆発させる姿から名付けられた]
黒い巨大蜘蛛も生命力は回復している。
やはり同じような理由で動かないのか。
……それにしても周囲の蜘蛛たちは多少大きくてもなんというか、会話が出来ていない。
「服従」
「贈呈」
「休憩」
「困惑」
何らかの意味を持つ信号を発信して情報をやり取りしているだけだ。
それすら出来ないやつらもいる。
自動言語学習で学びはしたが得れる情報は少なそう。
……しばらくしたら黒蜘蛛の言語も理解できた。
「ああ、我は平気だ。ただ今のままではあの蛇は押し切れん。我の爪も未だあの時を訴えている」
おや?
黒蜘蛛は機械的なやり取りじゃない。
この黒蜘蛛だけ突出しているのか。
黒蜘蛛は前脚の1つを動かす。
奇妙な事に糸がぐるぐると巻きつけられていた。
うーん"透視"!
糸の向こう側にあったのは傷。
強い衝撃でボロボロになり壊れかけているかのようだ。
糸はそれを繋ぎとめているのか。
「食事」
「ああ、いただくよ」
何かの肉塊をバリバリ食べているところ失礼します、"読心"!
(みなは我より賢くないし強くない……だから今ここで弱い姿勢は見せちゃだめだ。次で勝てないのもダメ。必ず決着をつけるんだ。我なら出来る、そのために今まで育てられて来たのだろう!)
仲間しかいないと思っているからか、心への侵入は簡単に済んだ。
うーん、こっちもか、こっちもこういう感じか!