三百六十一生目 階級
戦争行為になりうるものを仕掛けたがるのはちょっと私は同意できないものの理解はできる。
帝国は覇権主義である以上長年隣国と揉め続けている。
それは大河王国も同じで辺境伯としてはきっちり軍備を整えすきあらば圧力をかけて山を越えて攻められないようにしたいわけだ。
しかし逆にどんどん辺境軍力を剥奪し王都だけ固めると。
これは見捨てられていると思っても仕方ない。
さらに宗派を無視した一律的な禁酒政策。
もちろんお酒に関する様々な取り決めや制限は重要だが各々の宗派でそれぞれ制限があるのに無視しているのはあきらかに風土と一致していない。
そもそも禁酒法自体がわざわざ禁酒法時代と言われる位全く上手くいかずひどいことになった悪法の1つ。
完全な禁酒ではないようだが……なんとなく王宮ならオーケーとかそういうノリを彼らの反応からうかがいしれた。
「そうだ……忘れないうちに、これを渡しておこう」
「これは?」
フィノルド辺境伯は何かの指輪を渡してくれた。
きれいな瑠璃色の宝石がある指輪だ。
つまり濃い青。
「あなたの身分を保証するものです。外国から来た者たちはすべて階級がいわゆる一般民になります。しかし、それはブラドマナが身元を保証しているという意味。最低限、貴族としての扱いは受けられるでしょう」
「大河王国には他国と比べても階級制度が厳格です。そういうところも、外から来たローズオーラ様にはぜひ見て、話を聞かせてほしいのです。それも、王政につながることなので……」
指輪を指に通せばきらりと輝く。
今の……魔力だな。
個人認識系の結界を感じる。
多分いまので私以外が触ったら弾かれるようになった。
ただ多分ブラドマナという貴族階級は別だ。
それとなにか魔力遮断系に包まれて掴まれても同じだ。
盗まれないようにはしないと。
「厳格な階級制度というと、そういえば階級で名前の一部すら変わるんでしたね」
「ええ。我々の口から詳しく言うとローズオーラ様における純度の高い感想を阻害しかねないので、まだ詳しくは話しませんが、我々の名前編成はこうなっております」
フィノルド辺境伯は低品質紙にピピッと3本線を入れる。
そして上側に小さく文字を書いていく。
「初めに、自分が所属する族を。ここの地域生まれの者たちはだいたいチルマルドだね。次に家名。ここはファーエン家で、結婚した場合どちらの家系につくかで変わる」
「ワタクシも、元々は別の家名でしたの」
「そしてその次は階級。ここを偽ることだけはすぐに罪になるから、気をつけて欲しい。そして最後に個人名だ。ローズオーラ様、家名……他の国だと、名字やファミリーネームと呼ばれるものは?」
「なるほど……ああ、名字は特にありませんね。魔物なので」
フィノルド辺境伯は「ふむ」と一言つぶやき区切られた枠内に文字を書いていく。
これは……と。
「つまり、外から来られた今のローズオーラ様の扱われる名前は、パッディ・チュウニャ・ヴァイ・ローズオーラとなります。これを大事におぼえておいてください。狭量な世界で生きている者たちに対してはフルで名前を言える事自体が、正当な評価を得る第一歩となりやすいので」
言葉の意味がわかるから名前の意味も多少わかる。
というかいきなり名前が異国情緒あふれてしまった。
族名が外国から来たとかそういう意味で家名はないとかゼロとか。
ないという家名なのはちょっとおもしろい。
階級は……なんと訳せばいいのだろう。
結構独自の感じで……市民とか民衆あたりかなあ。
なにがすごいかって今書いた文字はすべて皇国語で発音をあてはめている。
こちらが大河王国語が読めるのは先程までの資料読みでわかっているだろうに読みやすいであろう方の文字をわざわざ使ってくれるとは……
辺境伯というだけあって外国語に堪能だ。
「わかりました、ありがたくいただき、覚えておきます」
「普段はヴァイ・ローズオーラで良いが、指輪だけは外さないようにお願いします」
「厳格な階級制度は皇国や帝国では感覚が浅いですから、特に大事なんですのよ。ただ、街の見学前にあと1つだけ……」
ルイスマーラが改まってこちらに向き直る。
その柔らかく笑顔を絶やさない青い瞳に真面目なような縋るような力がこもる。
「他国とこの国がどれだけ違おうとも、それでも民たちは生きています。どうか、見捨てないで」
かなり気になる言葉は言われたがとりあえず私はしばらく自由行動……という扱いに見せかけて街に。
まずは国の内情を肌で感じるというところからだ。
詳しい資料は別口で集めてもらっているからそことすり合わせる予定。
最初の目的地はもちろん冒険者ギルドである。
登録して自由活動を認めてもらわねば。