三百五十八生目 逃走
ルイスマーラが鋭い目付きで執事長をにらみ執事長はスキをうかがうように睨み返す。
「なるほど、獣のカンとしては、彼は若々しいのではなく……」
「はい、若すぎます。多くの相手と戦ってきたからわかりますが、身のこなしや行動力の波長が明らかに若いです」
「わかりました。では……」
ルイスマーラはエレファントナイフを執事長らしきなにかに突きつける。
「貴方は、誰?」
執事長らしき彼は大きくため息をついた。
そして顔触りぐっと力を込めると。
顔が急激に姿を変えた。
現れた顔は純朴そうな少女。
良くも悪くもどこにでもいそうな……
潜入捜査向きの顔だ。
「"変装"か幻覚の類……!」
「なるほど、いつから……いや、ワタクシたちとグレイが別れたあの後からですわね?」
「はぁ、結構時間をかけて練った計画なのに、よくわからない獣っこと戦うしか能のないご婦人に潰されるだなんて」
服装も次々脱げていき……
中から痩せ型の執事長の姿がなくなり細見な少女が現れた。
どこに隠していたのかちゃんと胸部やおしり女性並にある。
逆に背丈は執事長と違いやや小さいくらいで足りていない。
これがプロの技術ということか……
「年齢通りの動き、感覚、波長ね……勉強になるわね。普段は抑えてても、確かに緊急時の生理反応までは隠しきれないものね」
「言われてみれば、先程の咳は確かに若すぎた……執事長の咳はたまにしか聞いたことはないのですが、もっと湿っていて、引きずるようでしたね」
そこまでは考えていなかったがこれで偽物だというのははっきりした。
ルイスマーラと私は廊下で彼女と向き合っている。
つまり相手の彼女はまだ逃げ場があるから気をつけなくては。
彼女はサッと身を引くように向きを変えルイスマーラが後を追う。
私は別方向から抜けられないよう警戒しつつ駆けて……
「これを使うことになるなんて!」
彼女は素早く自身の腕をナイフのようなもので切り裂く。
まさかあれは!
急いで魔法を放って……
「何を……くっ!?」
「あははっ、凄い力! ぜんぜん痛くなんて無いっ!!」
「間に合えっ」
しょせん煙の中を走りながらの彼女にはだいぶ不利。
ここで邪魔を決める。
聖魔法"ブリンクスター"!
聖なる輝きが爆発し彼女に打撃と視界剥奪それに混乱を!
「変身中の攻撃は……」
しかし彼女の周囲に強いエネルギーがまとわれ光が強くなる。
爆発すらも弾いてしまった。
姿が変わる時の力は下手な攻めを凌駕する……!
「御法度だよ!」
姿が変わる。
全身がまるで装甲に覆われたようだが妙に体のラインに沿っていて鎧っぽくはない。
そう……まるで甲殻。
前見た変身と同じだ。
だったらアイツは……
「カルトスッ」
「まさか、カルトス団! ワタクシたちを探っていたのはあなたたちだったのですね」
「まあね。そして、十全とは言わずともデータは既に集められた。もう用はないさ!」
彼女が身につけている小さなポーチ。
あれは拡張機能つきの鞄になっているのだろう。
だとしたらたくさん書類を持っていかれていてもおかしくない。
それを判断したのかルイスマーラも素早く踏み込む。
……だが。
「遅いね!」
彼女はとんでもない力で跳ね上がり……
魔法で天井を打ち破る。
そのまま蹴り上げて1階の地面までたどり着いた。
「この上は……!」
ルイスマーラは瞬時にまた竜化する。
鎧を来たままこの高さを跳ぶには難しかったのだろう。
たださすがに数秒は遅れるため私は先に跳んだ。
「待て!」
上に出ると……
そこは地面。
そうか……庭の位置だったんだ。
相手は……いた!
必死に駆けている。
あの形態はあくまで怪人としてすごい力を身に着けるのみ。
結局他のスキルが無ければ逃走手段は限られる。
「くっそー、まだか、まだか……」
「そこだ!」
「うわっ!? やっ! ひゃー!」
彼女に向かって火魔法"フレイムボール"を連打しつつ空魔法"ストレージ"で亜空間から銃ビーストセージを取り出す。
そして地魔法"クエイク"を……チラリと背後チェック。
地面から翼を広げ飛んだルイスマーラを見た。
"クエイク"発動!
地表に地震が走り立っている者たちは光の波に吹き飛ばされる。
使い所の難しい広範囲魔法だがなんとか広すぎない範囲に効果を強く与えるやり方を学べた。
地面がひび割れる様に力強く光が迸るさまはまさしく大地の怒り。
走っていた彼女は派手にすっ転び吹き飛んだ。