三百五十六生目 陽動
首の皮一枚で刃を受け止める。
それはまさしく異様な光景で……
ルイスマーラは微笑んだままボンガティは狼狽える。
その首からは鱗が生えていた。
「こうなっては仕方ありませんね。全力を使うと疲れるのですが……ワタクシは長期戦に備えて普段は浪費を抑える形態にしているのですが」
首のところから全身に鱗が伸びていく。
念の刃は斧により弾き飛ばされた。
更に肉体の筋繊維が変化してゆき前の細さに加え柔軟なのに詰まった見た目になっていく。
顔が伸びてきて鱗に覆われソレはまるで竜。
「この姿は、紳士の皆さまを恐がらせてしまうから、あまり淑女としては相応しくないのかもしれませんが……」
ギュッと音と共に尾と翼が背中から生え美しく体をそり返り……
全身が爽やかな青色の鱗で出来た別方向に見目麗しい竜人のように形成った。
「勝つので問題はありませんね」
竜の煌めく縦長瞳孔の目が光を求めて膨らみ敵を見据えていた。
『手を抜いていたのか!?』
「いえ。ただ、この後も控えているのですから体力がもったいないのですよ」
ルイスマーラが踏み込んでいく。
ただ歩いているだけなのに凄まじい威圧感。
『ば、馬鹿な……スキがない……!? このボンガティの放つサイコパワーが、野蛮な武器が届かぬこの距離で放つスキが……!』
「別に今までもスキを晒していたわけではないのですが、その差を理解していただけたようで良かった」
前までは未完成だった力が完成した時に……
その差でまるで巨大な壁が塞がっているかのようだった。
打ち込めば少しでも怯ませられるかもしれないがそれをやったさいに振り切られ斬られる……
そういうイメージがボンガティの脳裏に強く現れたはずだ。
ゆえに。
「はあぁーーっ!!」
全力で引いた。
撤退したのだ。
その動きは出来る物のなかで最高の判断だったのかもしれない。
ボンガティは早くはないが速い。
空中を浮いている時の速度は私も理解飛ぶからわかるが結構出しやすい。
実際すぐにルイスマーラを背後に置き去りして。
「時間稼ぎを終わらせてくれるのはありがたいのですが」
しかし。
ルイスマーラは素早く流れるように斧を体に寄せるように下げて構える。
「逃げられるのは、軍団長としては良くないんですよね」
斧に凄まじい力が集まり光が溜まっていき……
振り上げられる。
斬撃は形になり一瞬で飛び去って。
ボンガティを捉えた。
「なっ!? ぐああぁーーっ!!」
見事な武技が決まった。
斬撃は大きくまるでボンガティが飲まれたかのように見えた。
全身が凄まじいエネルギーで焼けたのか煙が残り……
そのまま倒れる。
いやあ……凄いな!
「ふう、さっきの魔物は……」
あ。私のことかな?
力の気配を落としつつルイスマーラに近づく。
「私のこと呼びました?」
「あら。もしかして周りはもう片付いたのかしら。とんでもない力ですわね」
確かにもう周囲の敵たちはみんな私が倒している。
まあ弱かったから散らしたくらいだ。
そのあと"無敵"を使って実質降伏させた。
それに今この戦場の優勢は決まったものだ。
このまま押し切れるだろう。
「敵のリーダーを抑えてくれたので簡単でしたよ」
「数を数十片手間に倒すのはだいぶだとは思いますが……まあそこに触れるのはよしておきましょう」
なんだか呆れ顔をされてしまった。
竜の顔は読みづらいと言うが私はかなり慣れているので他の機微で分る。
まあとにかく……
「じゃあ、残りを片付けますか? 信頼してくれたみたいですし」
「確かに、言葉よりも行動で実直に示してくれました。言葉ではどうとでも告げれますし、話せる魔物にあうのが珍しく、これまで生きてきた中でふたり目ですからね。そこに期待はしていませんでした。ただ、これから行うのは私たちだけでも屋敷に行くことです」
ルイスマーラはそう話すと見るみるうちに姿が戻っていく。
再びただのヒトに戻った。
節約モードらしい。
というか屋敷へ?
先程も時間稼ぎと言っていたけれどソレ関連?
「屋敷……ですか? 私とアール・グレイさんは屋敷から来ましたけれど、何もありませんでしたよ」
「あら、グレイもここに……でも、屋敷には行かなくては。直接的な襲撃たちはすべて目くらましです。こちらの掴んだ情報は不確実なため気の所為ならば良いでしょうが、おそらく今の時間に潜入者が動いています」
「なんだって!?」
それは……かなり危険だ。
すぐに戻らないと。
「グレイがここにいるのならちょうどいい。この場は抑えられるでしょうから。いきましょう」
「わかりました、魔法でワープします!」
「素晴らしい……助かります」
ルイスマーラと共に空魔法"ファストトラベル"を唱えて飛んだ。