三百四十一生目 記憶
この部屋に置かれた豪勢な食事はアール・グレイの感覚的にもありえないと判断。
そもそも『王と王の候補者たちが特別に会するパーティーよりも豪勢』という意味がわからない。
そうアール・グレイは踏んで思案よりも別の部屋を覗くことを優先した。
別の部屋を覗けば脱衣所。
そこはアール・グレイの感覚からしてもそこまでおかしくはなかった。
しかしだ。
その奥の部屋。
シャワー兼トイレ室やらバスルームが存在してしかるべきそこに。
確かに風呂はあった。
しかしそれはアール・グレイからしても常識外のバスルーム。
大浴場と思わしきほどの広さ。
あまりに広大で大理石以上のもので作られた豪華な浴槽。
像の口から湯が流されきらびやかな飾り付けと美しく磨き抜かれた環境。
作るのも維持するのもとにかく金がかかるだろう。
別室のようなところにマッサージルームがあるようだがもう見るのはやめたらしく視界が移る。
そして今度こそ女性が移動したほうを覗き見る。
感覚的にわかるのは別にこのアール・グレイはそんな隠密行動が得意な方ではない。
魔術具を使っているとは言え感知兵士がいれば一発だろう。
なのにここはまるでそのようなものがない。
王宮奥の隠された場所とは言え不用心なのかはたまた……
そうこう考えている間に視界がついにその部屋内をとらえた。
そこはベッドルームだった。
少なくとも肢体はとても美しいのがわかる女性たちが複数そこにいて顔を相変わらず目を覆うベリーショートベールを全員がつけている。
そしてひとりだけ強い違和感を放つ存在。
小柄……というよりはもう明らかに子供がベッドで眠っている。
しかも唯一の男性……まあ年齢的に男の子だ。
(昼間に惰眠をむさぼっている……いやむしろこれは、夜に備えている。つまりは……)
記憶の中でアール・グレイは素早く思考を巡らせてゆき。
――そこで記憶の伝達は途切れる。
「つまり、今のは何が不味かった記憶なんだ? 最後急速に焦っていたようだったが」
「順を追って説明させてください」
今度は言葉で語るということで前提知識含めてアール・グレイから語ってもらうことになった。
アール・グレイの面持ちは深刻で先程の光景は王族的にクリティカルな部分だとうかがわせる。
「まず、我が国は王政ですが、王とは言え本妻と側室を設ける事は昔から禁じられており、すべてを愛妻と……つまり王の夫人として扱われます。これは現代、つまり腐敗したと言わざるを得ない王政の元でも保たれています。法よりも厳格な宗教によって明確に記されているからです」
なるほど……信仰宗教が憲法の役割を果たしているんだ。
アール・グレイはこちらが理解できているかを見てから話を進める。
「ただし、抜け穴はないわけではありません。公然の秘密というものですが……王宮の外側は私のような者が政治的に立ち入れ、奥側は王族が過ごす場所になります。ただ、最奥、重要人物しか招かれないエリアでは、ハレムという区画があります。そこでは……その……女性の方に紳士たるものが口にすることも憚かられる、接待専用の女性たちを召し使えています」
ん? なんだか急に口籠ったけれど。
なんなんだろうか。
「どうしました? 女性たちの接待に関してはわかりましたが……」
「いえ! その……翠竜神がもたらす、花と果実がある、とだけ……」
「は、はあ……? とりあえず続きを……」
ちょっとよくわからないごまかし方をされてしまった。
こういう国ごとの言い回しは脳内翻訳しきれない。
私が意訳を理解しないと。
アール・グレイの耳が赤くなっている気がした。
「ごほん。ただ、ハレムがあるとはいえ、教えがあり王は自らの夫人以外と子を成しません。側室ではないのですが……ここからは噂段階、いえ、噂だったことの話です。ハレムとハレム利用者のひと握りのみがいける、金竜神の蔵があると」
「ごめんなさい、まだそちらの文化になれていなくて、金竜神の蔵というのは?」
「ああ、申し訳ない。直接的に言い換えれば、隠された部屋、特に非常に貴重で重要な物が保管された場所、ということです」
なるほど……なんとなくわかったかな。
「まあ……よい噂は無い場所です。曰くつきで、あまり耳に入れても気持ちの良いものではありません。ただ、それと同時に、ハレムを隠れ蓑にした裏取引現場が有るのではという説もあり、ハレムは元々重要な貴族を招くため、前々から何か有るのではというのはワタクシたちだけではなく、何名も思ってはいましたが……しっぽを掴めずにいました」
「確かに、自前で秘匿された接待所なんて、疑ってくれと言わんばかりの設備ではありますからね」
「耳の痛い話です。そして当時、頭が痛くなり、今は体も痛むかもしれません」
命からがらここまで来たんだものなあ。




