三百三十六生目 山羊
アラザドは完全状態になったあと優雅に浮遊しレッドカーペットのすぐ上を飛んでいく。
観客たちは何がなんだかわからないうちに取り込まれ拍手していた。
「本物だ!」
「女王様ー!」
「ほんもの、まさか、こんなことが……?」
「なんでかわかんねえけど、わかっちまう……偽物なんかじゃねえって」
威厳。
神威。
放圧。
どれが原因かはたまた複合かはわからない。
けれど観客たちが感動して納得するには十分なものだった。
優雅に移動するだけで魔女たちですら目と心を奪われる。
オーラに目を惹かれてしまうのだ。
『多くの民たち、ご苦労』
大きな広間だが端まで何分も歩くわけではない。
あっという間に扉までたどり着く。
そこでアラザドは振り返り笑顔のように顔を傾ける。
虫故に表情筋はほぼないものの纏う雰囲気や威圧の違いで細かく感情の機微がわかる。
前までのなんとなく希薄だったテテフフとの違いだしやたら感情に支配されていた邪神と割ってちょうどいい具合だ。
『私は、キミたちの思いで綴られ、君たちに希われてここに呼び降誕させられた、まだ受肉して間もない神。知識や記憶があっても、まだ新米にすぎない』
念話なのでみんなに直接声が響く。
それで染み入るような声で聞くだけで相手によってはグッとくるかもしれない。
神父シスターたちとはまた違う特徴的な声だ。
『この城は自由に食べてもらっていい。どうか楽しんで。それこそが私の心。これからアノニマルースにて収穫の精霊神アラザドとして、皆が楽しく暮らせるよう見守ろう』
言葉を区切りアラザドの姿は再度光に溶け消えていく。
同時に歓声があがりアラザドが完全に消えたあとも止むことはなかった。
アラザドは……無事この街に迎え入れられたのだろう。
「はーい、この日のために特別アイス、用意してありまーす」
裏方の者たちがガラガラと台を運んでくる。
向こうは向こうで必死にアドリブ合わせしてくれている……
「このアイスは、まつり用に特別に作ったもので……」
「それは俺から説明しよう」
開いた表の扉から突如現れた影。
それは悪魔の姿をした魔物。
ねじれた角はどのような相手も粉砕する。
「あれっガラガゴート」
山羊の魔物だ。
しかしその能力は非常に戦闘向きの怪力。
前は見るだけで震え上がるように剥き出しの殺気が形なった存在だが……
今は確かに鍛えぬいた体だが前と違い余裕が見える。
ちゃんと栄養を取りつつ鍛えぬいた体で筋肉がガリガリではなくふくよか。
特に違うのは毛並みで圧倒的につややかふっくらだ。
ちなみに女性。
「俺が、飯をもらったぶん、戦力以外で返している。余裕が出来たから、乳でもな。それは俺の乳で作ったアイスだ」
「というわけで特製バニラは多くのお菓子と合うので、どうぞー!」
スタッフや観客たちがアイス付近でワイワイしているので私はガラガゴートの元へ向かう。
ガラガゴートの乳は動物の乳とはグレードがまったく違うらしい。
詳しくはしらないがニンゲンたちの競売所で意味のわからない高値を見たことがある。
「なんでここに?」
「話は聞いていたというのもあるが、さすがにここまで巨大な食事が現れれば気にはなるだろう」
ごもっとも……
実際外に魔物たちが集まっている気配。
最初の時広場に入りきれなかった者たちや他にも別の場所で遊んでいた魔物。
そもそも興味なかった魔物たちも騒々しさで見に来ているのが遠くに視線を飛ばせばわかる。
ガラガゴートにこれまでを説明しつているとアイスを受け取った側から次々歓声が上がる。
「う、うめえぇっ!」
「プレーンなバニラだから付け合せに良いと侮っていましたが、これは……アイスがメイン!?」
「濃厚な味わいも、ここらへんのクッキーですくって食べた時の味わい、絶品っ」
ワイワイと賑やかになっていて成功したらしい。
神聖な空気がなくなったからみんな騒ぎ放題だ。
「俺の乳は他のやつらに高くさばけるというのは、初めて知ったことだが……なかなか面白い光景だ」
「子供や兄弟たちはもう大丈夫なの?」
「食事が豊富だからなここは。それに、幼き者に食事を渡す道具も気に入った」
「ああ、なるほど」
育児用粉ミルクのことかな。
確かにあれなら草食魔物型にしてあるもので与えられるはずだ。
ガラガゴートの負担が減ったのだろう。
集団から離れるようにしてナブシウも近づいてきた。
この賑わいもさらに増すだろうしあとはスタッフたちに任せて……
私たち『舞手』は格好を元に戻そうっと。
その後あちらこちらで蝶のような美しい何かが視界の端に映ることがあると噂される。
それが収穫の精霊神アラザドだと報道ギルドが報じて……
日常に神が溶け込むまで日にちはかからなかった。




