百三十七生目 四竜
「この竜のトランス先を調べて欲しい?」
ドラーグは大きすぎて正面から入れなかったので庭先でそう話した。
九尾に経緯を説明して機材を借りる所だ。
「ええ、名前だけ分かっても詳細が調べられないとどうしようもないので、ぜひ」
「ふーむ……まあ良いじゃろう。新作の実験に付き合え」
どうやら機械が新しくなったらしくまた『トランス先わかるくん』の新型を持ってきた。
前回は水脈でも見つけそうな棒2本だったが今回は吸盤がコードに繋がれている。
コードの先にはモニターと箱。
「この吸盤で得た情報を元にこの箱の中の機械で計算し……この色々映すくんに出力する。発明品同士の融合じゃなな」
「とりあえずやってみましょうよ」
「順番があるわい!」
怒られつつもなんやかんやと調べることに。
身体に吸盤をくっつける。
それから機械のスイッチをオン!
騒音を出しながら機械が動き出ししばらくするとモニターに荒い画質で映し出される。
白黒で荒いドットで文字と絵が書き出されて行った。
「どうじゃ、なかなかすごいじゃろう?」
「なるほど、確かにこれはすごい……」
相変わらず1世紀分発想が飛んでいる。
薄ぼんやりとした画面の中に浮かんでいるトランス先は……
[バハル 水の竜でエラ呼吸が可能。かわいた場所は苦手]
[グラムラ 土の竜で地面に潜れる。飛行はできない]
[デムクラ 影に潜む竜。悪事を常に見ていると言われる]
[ホロハウル 体毛に覆われた優しき竜。聖なる竜の子とも言われる]
「よ、4種類……」
なんともまあトランス先難民だった私にはうらやましい話だ。
とりあえずトランス先をみんなドラーグに伝えた。
「……という感じ。どれがいい?」
「うーん……悩むなぁ……ローズ様決めちゃってください」
「自分で決めなさい」
どの学校へ行くか親に決めさせる子どもか!
あ、仔どもだった!
まあ提示はするもののやはり決めるのはホンニンのほうが良いだろう。
「水の竜……泳げるのは良いですよね。でも多分陸は苦手なんですよね」
「かわいた所は苦手って書いてあるからね」
「地面の竜は……飛べなくなっちゃうんですっけ」
「でも地面には潜れるよ」
この2つは肉体が大きく変化するのか今の汎用性を失う代わりに特化する部分がつく。
それをどうとるかという話ではある。
下手をすると普通の陸地では住めなくなるかもしれない。
「あとは……『悪事を常に見ていると言われる』って、どういうことなんですか?」
「ああ、それは元になったデータの問題じゃな。図鑑とか伝記とかから引っ張ってくるから、詳しい情報がないとそのような言い回しになるの」
つまりは影に潜むこと以外は詳細不明らしい。
私のように一切不明よりはマシだがやや賭けになる。
「最後は……またちょっと謎が多いですが体毛に覆われているのですか」
「聖なる竜の仔だって、良いんじゃない?」
「うーん、私の母は聖というよりもやや邪だったような」
まあ確かに並べてみると悩むことうけあいの選択肢。
なれるのは1つ。
大事な将来を決めるイベントだ。
ウンウンと悩んで数分。
進まないため提案してみよう。
「こういう時は……消去法だね」
「消去法?」
「主の言うやり方は、嫌な要素があるものから減らし、最終的に残った1つを選ぶわけですね」
「そう」
早速4つの名前と特徴を紙に書き出した。
ドラーグは読めないのでどちらかといえば私のチェック用だ。
ドラーグはひたすら悩んでやっと1つ上げる。
「うーん……
まず……グラムラはナシかなぁ」
「ほいほい、ところでなんで?」
グラムラにバツをつける。
「グラムラは飛べなくなっちゃうというのがちょっと……それに土だとローズ様とかぶるかなーって。
地面に潜るというのもローズ様の地面を揺らす魔法と相性が悪いですし」
「あー、潜っている時に揺らしたら最悪生き埋めだよねぇ」
というわけであと3つ。
「あとは……
やっぱり、バハルもちょっと……水の中だけに特化しちゃうのは行動が制限されちゃいますし。乾くのが苦手じゃなければ良かったんですけれどね」
「なるほど、なるほど」
バハルにもバツをうつ。
さあ残りは2つ。
「うーん、デムクラ……ホロハウル……どちらもわからない分悩む。
うーんだったら……だったら…、ホロハウルがナシかなぁ」
「あら、そうなんだ」
イチオシだったが弾かれたようだ。
なんでだろう。
「やっぱりちょっと聖なるって感じが僕に合わないというか……重いというか……
それに毛が生えるってのもちょっと怖くって」
「あー、まあ、なるほど」
毛が生えるのが怖いというのは全身鱗のドラゴンならではの視点だなあ。
私ならいきなり鱗が生えてくるようなものか。
……確かにそれはそれで怖いな。
「それで最後に残ったデムクラに今なるのかの?」
「ああ、少し離れたほうが良いかな?」
「あ、わかりました。ではやりますね」
どこまで大きくなるかわからないのでちょっと距離をとる。
私にアヅキに九尾と並んでドラーグを見上げる。
どことなくドラーグは不安げだ。
「やっぱり、不安?」
「いえ、はい……身体の変化もそうなんですが、凶暴化しないかも不安で……」
「確かお前が主についてきた理由だったな」
ドラーグは竜のおとなになることで自然と凶暴化してしまうことを恐れている。
野生で生き残るためにそうなる生物は数いるがドラーグは下手に頭が良い分自身を見失うことに恐怖をいだいている。
確かに平和好きがドラーグではあるからね。
「大丈夫、私がついているから」
だから私の"無敵"の力や進化による改善が出来ないかと現在模索中だ。
これが効いていたら良いのだが……
大口叩いたものの色々ダメだったら恥ずかしいじゃすまないし。
おとなになるというのもトランスよりかは年齢が大きそうだ。
だから今は大丈夫……だとは思う
「……はい。では、いきます」
ドラーグは深呼吸をして目を閉じる。
不安と期待が入り混じった心境が"読心"を通しても伝わってきた。
そうしてドラーグは光に包まれる。
その背はググっと力をこめると共に背中を突き破ってツバサがもう2つ生える。
さらには全身が暗く彩度が落ちて鱗は光を吸収し照り返さなくなった。
ゴツかった顔は引き絞られシャープに変わり尾は長く伸びる。
全体的に言えば膨れ上がっていた巨体が絞られその代わり質が高そうな筋肉質に。
豪快な爪は刀のように洗礼され全体的に強くなったように見える。
最後は尾の先が独特な角が生えた。
言うなればまるでピッケル。
ひと突きで相手の命を奪い取るような独特な死の気配を漂わせている。
黒く吸い込まれるように美しくもあった。
ドラーグはトランスを終え目を開ける。
全身をくまなく見て背の翼を4つともはためかせた。
……音がしない。
翼がはためいて軽く浮いたのにそれでも何も起こらかったかのように静音。
身体が大きいのはそのままだが確かにデムクラは『影に潜む』と言われるだけあるらしい。
[デムクラLv.1]
[デムクラ 殆どのドラゴンが狂暴さや絢爛さで競い合う中で数少ない隠密で生きるドラゴン。他のドラゴンとは関わらずひっそりと孤独に生き姿を知られる前に狩るため誰にも見つからない]
「え、ええと」
「どう? 誰か殺したいとかそういうのある?」
「……いえ、大丈夫みたいです! やりました! 今のところ平気です!」
どうやら中身はいつものドラーグのようで安心した。
それはドラーグも同じなようで身体を軽やかに飛んだり跳ねたりしている。
鱗は紫を中心にシックにまとまっている感じなのかな。
「スゴイ! まるで生まれ変わった気分です! これが新しい僕なんですね! あ、どうですか? 変じゃないです?」
「ふむ、まあまあじゃの」
「新しい力で主の役に立てよ」
「私は良いと思うよ、新しいドラーグも今度ともよろしく!」
「はい!」
ドラーグは嬉しそうに拳を振り回して返事をした。
アレだね、外見はスマートになっても中身は完全に仔どものままでギャップの塊だね。