三百三生目 憂鬱
事務作業中。
今日の軍の面々に付き合ってもらったトレーニングレポートも書かなくちゃ。
どうしようかな……とりあえず基本事項は埋めてと。
彼等は本来のとき魔法結界が最大限活かせる陣形をとっていた。
簡単に言うと横へ幅広く。
攻める時に複数で襲えるシンプルにして強い陣形。
しかし今回は相手が真正面から正直に針を連射するとわかっていた。
結界もない。
ならばそこは柔軟に隊列を考える必要がある。
隊列は隊列魔法陣を使うにも便利だ。
だから崩したくない気持ちもわかるが自由に動けるというのは時として大きい。
この場合2列ほどに並んで針に向かって直進攻撃放ちながら受けるのが良かった。
盾で攻撃することで受けられるというのは盾の大きなメリット。
理想は針のパリィ……つまり弾きだがそれは個人の技巧による。
軍ならば確実に攻め込む方法を取ったほうが良い。
そして疲労や破損したらすぐに後ろと交代。
その間に回復を挟む。
実戦なら攻撃準備しかけておいても良いかも。
そこまで含めて『受け身の訓練』だ。
私的にはサクッと遠隔攻撃ダメージを与えられてよかったけれどね。
そこらへんを含めて私から見た今回の良い点悪い点をずらずら書いてレポートという体に整えていく。
特に最後吹き飛んでしまったひとり。
彼だけ新入りだから仕方ない面もあったが問題は吹き飛びそうなのに周りがまったく見ていなかった点だ。
私もプロではなくジャグナーやいろんな師たちそして実戦で培ったことだけれどああいう穴が開きそうな時にテンポよく庇いが出来なければ隊はあっという間に瓦解する。
実戦なら彼等は死んでいてもおかしくなかったということだ。
……実戦なんて無いほうが良いけれどね。
でも実戦をなくす最大の方法のひとつは『ここへ喧嘩を売りたくない』と思わせること。
世には利益面や倫理それに理屈面を説いても道理すら通らぬ暴力を振るう相手はいる。
それ以上に私達の存在そのものが不都合になっている相手たちもおそらく。
そういう時に攻め入っても勝てないと思わせるのは大事な手段。
個人相手ならばその心のスキに"無敵"で入り込み無力化したり友好関係を築くのだが……
大量の相手前提の国だとこういう戦いになる。
戦う前から勝っている練度を誇らねば無駄に傷つくだけなのだ。
少なくともジャグナーはそのような事を言っていた。
私がレポートを書いている間こっそりと壁を"見透す眼"で透視する。
その向こう側の部屋にホルヴィロスがいた。
ホルヴィロスは普段その真白な身体を揺らして私の前では喜ぶ姿を見せる。
ただ私が向こうの部屋にいない今ホルヴィロスは時折深い憂いをもったような目をする。
何かが書かれた木札を否決の方へ振り分け次のところへ目を向ける頃には憂いは消える。
ホルヴィロスのことだから何かあっても基本的に私へ負担をかけないようにしているのだろう。
そしてそれ以上にホルヴィロスではどうしようもないことがあったらちゃんと話を振ってくれる。
こちらからあれこれ言っても隠そうとするだろうし。
ホルヴィロスは特に医療関係で私に対して何か聞きたい時が多いらしい。
アノニマルースはまだまだ設備や薬剤が整っていないだけでこの世界で今の外を視察した限りかなり考えが高水準だと話していた。
そしてそれが私の影響だとも見抜いている。
ただなぜ私がそんなことを理解し行使出来ているかまではわからないみたいだ。
そりゃあ前世の話は話す対象を絞っているからね。
彼等も積極的に広めたりはしていない。
私はユウレンたちに言うのを縛られている。
ホルヴィロスが本当に必要になったら問いてくるだろうからその時は答えたい。
今はこの距離感でいよう。
ひたすら事務作業をして目の前にあるドアが叩かれる。
承諾して開かれればホルヴィロスだ。
身体から伸ばしたツルには例の能力職業に関する本を持っている。
「これ、貸し出した本だって。帰ってきたみたいだよ」
「ありがとう、ホルヴィロス」
嬉しそうな目をしたホルヴィロスが私のトゲなしイバラにそのままわたしてくれる。
あの時の憂いたような目はどこにもない。
なんならイバラとツルが少し触れ合っただけで「キャッ、触れちゃった」と喜んでいる……
「この本は何の本なの?」
「ああ、まだホルヴィロスには話していなかったね。これは能力職業の本だよ。多分ホルヴィロスも知らないと思うけれど」
「確かに知らないね。どんなのなの?」
ホルヴィロスに本の事を解説した。
ホルヴィロスは少し考え……
「少しその本見せてもらっても良いかな?」