二百九十六生目 種魔
イタ吉が荒野の迷宮世界の果てまで行けたそうだ。
この迷宮の謎も気になるがそれはあくまでおまけだ。
冒険が楽しかった話に花がひらくための。
そこそこ話が進んだあと転換のためにお茶を飲む。
……この香りは私が知らないものだけれど好きだ。
魔物たちは味がわからなくてもにおいはわかるタイプが多くたくさんの葉や花が入荷されていると聞いている。
イタ吉が冒険して手に入れた花の香りなのかな。
「ところでイタ吉、例の……職業についてなんだけれど」
私の言葉でイタ吉の目が真剣に細められた。
お茶会は談話やごくろうさまや使った行動力回復の意味合いもある。
しかし本題も用意されていた。
「見せてくれ」
「ちょっと待ってねっと」
空魔法"ストレージ"で亜空間から本を取り出す。
職業に関する神の本だ。
今までわかっていることをかいつまんで改めて説明した。
本だけど見た目と違い検索しなくてはいけない。
そこらへんの違いを教えるのに少し苦労した。
そもそもイタ吉は普通の本へも馴染みが浅いし。
「んじゃ、使ってみるか」
「最初、もしかしたら世界がいきなり変化する可能性もあったんだけれど、そうはならずに済んだから積極的に身内から広げようと言うことになったんだ」
イタ吉に本をわたした。
最初下手したらいきなり世界に概念が溢れ収拾がつかなくなる恐ろしさを考慮されていたが……
読んだ相手にしか変化がないことはフォウやグレンくんと共にチェックできた。
フォウや蒼竜にそれとなく聞いたところこれなら混乱は起こらないから今のところ手渡しで読んでいくだけで良いとした。
そのうちちゃんとアノニマルースに施設をつくりたい気もするがとりあえずあとまわしだ。
そして昔はこの職業たちがいきなり世界からなくなる混乱を避けるためにおそらくはその分の記憶や記録すらも埋めて消えてしまったのだろうと。
イタ吉は言われたとおり何かを想像しながら本を開いたらしく次々とページが勝手にめくれていく。
ピタリと止まった。と思ったらまたパラパラめくれだす。
さらに止まってそのあとまた動き出した。
何度か繰り返しやっと完全に止まる。
「イタ吉、今のは?」
「どうやら、複数の候補があったみてぇだ。中身はざっくりしかわからなかったな」
本の表紙は白く輝いていて中身は全く読めない。
読もうとした相手に中身を脳内に叩き込む仕様だからだ。
今イタ吉は検索候補のみが表示されたらしい。
「候補先は、魔拳士、シーフ、戦尾士、モンク、種魔士、アタックマジック、鋼錬士だってさ、どうするよ」
なんだろう……なぜかあまりイメージのない魔法系や聞いてもよくわからないものがある。
その数も含めて唖然としてしまった。
「……なんて検索したの?」
「俺に合ってて面白そうなやつ!」
思わず頭を抱える。
具体性ゼロの検索!
搭載されている検索エンジンが優秀すぎる。
恐らくは遥か昔はニンゲンたちでもそれなりに扱えるようにされていた影響なのかもしれない。
もしかしたら『この者に相応しき力を与え給え!』なんて言いつつ相手へ渡し受け取ったニンゲンが願う感覚を拾ってざっくりと候補をあげていたのではないだろうか。
長年のユーザー経験蓄積だ。
「そ、それでどれになりたいの?」
「といってもなぁ、情報が少なすぎるぜ」
「さすがにいくつも読み込むには負担が大きすぎてパンクするからね……」
いくつも読むには日をおかないと頭がパンクし最悪覚えた内容も吹き飛ぶ。
グレンくんでも1つはなんとか読めたしイタ吉なら2つか3つは平気だろう。
ただ……ニンゲンと魔物は脳の形からして違うからあまり詰めるのは危険だろう。
「ま、とりあえず決めなくちゃ進まねえよな……どれにしようかな」
イタ吉が目を閉じながら本を触ると次々とページが入れ替わる。
おそらくイタ吉の脳内で先程言ったやつが順番に選ばれているのだ。
しかしイタ吉は本へ目を向けていないし他2匹も目を背けているから判定がない。
1音ずつ本のページがざっとうごき順に動いていく。
「もりのかみさまのきぶんしだい……っと、さあどれだ!?」
最終的にはイタ吉もわからなくなっていたらしい。
しかし本はしっかりとめくられて行き……
ピタリと止まった。
「「うわっ」」
見ていなかったイタ吉たちすらも悲鳴を上げる。
ということはこれ魂にも作用するのか。
本当にたくさん1日に詰め込むのは危険なようだ。
私が勇者のページを見た時に魂に何か来る感じがなかったのは私が勇者にはなれないからだろう。
「それで、何を得たの?」
「……種魔士だってさ」




